長い。とにかく長い。ひたすら長い。半日が過ぎたような気がする。腕時計を確認する。一時間しか経っていなかった。
「あ、こっちもいいんじゃない?」
「ホントだ可愛い!センスあるわね!」
「見して見して、どんなん?」
「あー、いいっすね!」
一つの商品を手に取っては隣の物に目移りし、持っていた商品を置き、横にあったそれを眺める。そして二つを見比べるなり、『買う』『買わない』を決断するどころか、また後で見よう、と棚に戻す。または、散々考えた末に一つをカゴに入れるか、思い切って二つとも購入するか、第三の物に目がいって、最初に戻ってループ。ループ。ループループループ。
「いつまでかかるんだよチクショー」
「いくらなんでも長すぎひん?」
「あれこれ迷う気持ちは分からなくはないんだけど……。さすがにキーホルダー一つ選ぶのにここまでかかるなんてねえ……」
「はあ……」とフランシス・ギルベルト・アントーニョの溜息がシンクロする。たち女子組がワイワイキャイキャイと買い物に夢中になる一方で、男性陣は店内のベンチに座って、そんな彼女達を気だるげに眺めていた。結構な量の荷物を預けられているため、この場から離れるわけにもいかず、暇つぶしにゲーセンに行くことさえもできないまま、実に一時間が過ぎていたのだった。
「一度手に持ったんならそれでいいじゃねーか」
「せやせや、それかもう気に入ったの全部こうてまえや」
「まあまあ、女の子には事情があるんだよ。色々と」
「なんやねんそれ」
「俺たちには分からねえよ、んなもん」
なぜ女性の買い物というのはこんなにも長いのだろうか。といったら男性の買い物が淡々としていると思われがちだが、それは違う。男だって悩むときは悩むし、商品選びに少々時間を費やしてしまうことだってある。言わずもがな、長時間同じ店内に居るのはダントツで女性の方が多いだろうが。
「こっちも見てえやこれ、国旗柄やで!」
「でもそういうのって大体メジャーな国のものしか……。…!」
「わあ……!ベルちゃんのもエリザのもセーちゃんのも全部あるよ!」
「ほほほ本当ですか!?」
「ほんまこの店品揃えがええよなあ」
「………………ええ。けれどなんで私のがルーマニアの隣にあるのかしら……よりによって……」
「エ、エリザ!?」
「あった……!まさか自分のもあるなんて!ちょっとこの店の好感度上がりました!」
まだまだ終わりそうにない買い物風景を見て、悪友たちの息がさらに重くなる。待つのはとっくに飽きている。ただただ退屈で仕方がないのだ。おまけに何十分も座りっぱなしだったせいで尻が痛い。痺れを切らしたアントーニョが立ち上がり、身体をめいっぱい伸ばすと、腰に手を当てて、一言。
「しりとりしようや」
予想外の誘いに、フランシスとギルベルトが二秒ほど硬直し、アントーニョの言葉が理解できると、同時に眉を顰めた。
「はあ?」
「いきなり何言ってんの」
「だって暇やん」
「だからっつってなんで暇を潰す手段がしりとりなんだよ」
「ええやん。たまには」
「お前……放置プレイされすぎて色々と投げやりになってるだろ」
しりとり?と納得のいかない表情を浮かべる二人を無視して、再びベンチに腰を下ろし、「ルールは国名のみな。順番は俺、ギル、フランシスの順で。ええな?」ほんじゃ、スタート。
強制的に国名しりとりが始まった。
「あ、いい忘れとったけどなるべくヨーロッパにしてや。イタリア」
「しょうがねえな……アルバニア」
「はいはい。アンドラ」
「ラ……ラオス」
「言った本人がさっそくヨーロッパ以外のやつ挙げてんじゃねーか。スイス」
「しゃーないやろ」
「これ絶対長く続かないって。…スリランカ」
「カタール」
「ル?ルー……あールーマニア」
「アイルランド。はい」
「ドミニカドミニカ」
「カ……カ……くそ、思い出せそうで思いだせねぇ!あいつ!」
「……それってもしかしてマシューのこと?」
「おお!そうだ!カナダ!」
「全くどいつもこいつも……。マシューかわいいだろ。タンザニア」
「ア、か。アで終わる国名って意外にようさんあるよな。アンゴラ」
「…なあ、スウェーデンの家の上司がつくったネット上国家ってありか?」
「ええよ」
「んじゃ、それで」
「次俺か。ア、またか」
「なあ」
「んあ?なんだアントーニョ」
「なに?」
「このしりとりクソつまんなくない?」
付き合ってくれている二人に悪びれもせず、自分が提案した遊びを批判するアントーニョ。それだけに収まらず、フランシスとギルベルトに対し、お前らなんでこんなしけることしとん?と、立場も忘れて言い出す始末。
「お前ッ……ふざけんなよ」
「落ち着け。…アントーニョお前、さっきからちょっと変だぞ」
「しゃーないやん……。こんなに何もせずにただ座ってるだけって、気ィおかしくなりそうや」
「それ毎日せっせと内職してたやつの台詞じゃないよ!」
「内職は別や。あれは意味がある行為やろ」
「いや、俺はあんな同じ作業を繰り返すだけの日々が延々と続くと考えただけで気が遠くなってくるよ……」
「慣れてくれば平気や」
「慣れるまでに精神がやられる」
「……おい、あいつら来てんぞ」
三人がうだうだとしたやり取りをしている間に、一時間以上にも及ぶたちの買い物が終了したようで、四人が喋りながらこちらに向かってくる。
「律儀に待っててくれたのね。ごめんなさい、遅くなってしまって」
「遅いってレベルじゃねーぞ!」
「で?いいものは買えたの?」
「ええ。四人でオソロのキーホルダーも買ったんですよ〜」
「何個くらい買ったん?」
「3、4個。それがな、がめっちゃ可愛いの見つけるのむっちゃうまいねん!」
「そうかな……?ああ、すっごく楽しかった!」
ショッピングを満喫したとエリザベータとベルギーとセーシェルの満面の笑みを見ると、今まで待ちぼうけをくらっていた疲れもだるさも、まとめて吹っ飛んでいく。
…………もう少し手早く済ませてくれれば、尚いいのだが。
女の子の買い物に付き合う。これも、慣れたら慣れたで大変そうだ。
花と退屈
荷物持ちのお礼と長いあいだ待たせたお詫びに、とエリザベータとベルギーとセーシェルから、三人に手作りのお菓子が振舞われたのは、後日の話。