そもそも、連れてきたのが間違いだったのだ。



「今日だけでいいから!」
「一つだけ!一つだけかってぇやー!」
「これからいうことなんでもきくって、やくそくするぞ!」
「……あのねえ……」



周りの主婦たちの視線がちくちくと突き刺さる。



始まりは、夕食の買出しのためにスーパーへ行こうと、が家で準備をしていたときのことだった。外出のにおいを嗅ぎつけたフランシス・ギルベルト・アントーニョが寄って来て、自分たちも連れていけとしつこくせがみ、結局が折れたのだ。その際に、「ひとつ。店内では騒がない」「ふたつ。お菓子は昨日買ったばかりだから今日は何も買いません」「みっつ。買い物が長くなってもごねないこと」という三つの約束事を守る条件で一緒に行くことを許したのだが、スーパーに着いてそうそう、それは破棄された。


「言うことをちゃんと聞いてくれるなら、これからじゃなくて今からききなさい。約束はどうしたの?みんな」
「ほんとうに今日!今日だけだから!」


女の子のように可愛らしい服装と外見をしたフランシスが、両手を合わせてお願いのポーズをとる。


「なあ、安いのひとつだけでええから!」


必死な眼差しで訴えてくるアントーニョの目は潤んでおり、今にも泣き出してしまいそうだ。


「たのむ!一生のおねがいだ!」


もう何回聞いたかも分からないギルベルトの十八番、"一生のお願い"も飛び出した。


「でも、」


ダメなものはダメ!とキッパリ言い切るつもりが、上目遣いの幼い瞳に見つめられて、言葉を詰まらせてしまう。それから一つ溜息をついて、―――――白旗を揚げた。


「……二百円までね。ちゃんと計算して買うんだよ?」
「ほ、ほんとうか!?」
「ええん?ええん!?」
「…!お姉ちゃんだいすき!」


ぱあっと顔を輝かせて喜ぶ姿は、やはり年相応の子供のものだ。
自分が甘いのは自覚している。子供のおねだりに弱いにもわかっている。毎回こうなのだ。なんとかしなければならないとは思っていても、無邪気な要望を前に、いつも勝利することができない。
はしゃぎながらお菓子コーナーに駆けて行った三人の背中を見送ると、は今夜の夕食の材料を揃えに、野菜売り場へ向かった。




***





何度来ても、子供にとってお菓子売り場はテンションの上がる場所である。


「なあ、どれにする?」
「おれさまはもうとっくに決めてるぜ!」
「えっなにかうん?」
「じゃがりご!」
「ギル、前もそれだったじゃん」
「いいじゃねえか」
「べつにわるいとは、言ってへんで?おれは……どうしよっかなあ」
「おれは安いのいっぱいと、ポケムンパンかうんだ!」
「ポケムンパンかってええん?」
「だめだろ」
「なんで?200えんこえないようにかうからいいじゃん」


ここまでは仲良く話し合っていたのだが、フランシスの口にしたポケムンパンによって、意見が対立することになる。


はおかしをかっていいっていったんだぜ?だからポケムンパンはだめだ」
「おれちゃんと計算するもん。200えんこえなかったらいいもん」
「だからおかしをかえよ」
「なんでギルがそんなにもんく言うの?かいたかったら自分もかえばいいじゃん」
「……でも、じゃがりごかったらポケムンパンかえないかもしれねえし……」
「じゃごりごやめれば?」
「いやだ!」
「そんなこと言ってたら、二つともかえないよ?じゃがりごは、ほら!149えんでポケムンパンはいちばん安いので90えんくらいするんだよ?合わせたら……えっと……アントーニョ、なん円になるんだっけ?」
「えー……?わからんわあ」


フランシスとギルベルトがもめる横で、アントーニョはお菓子の棚を順に見回し、どれにしようかと悩んでる最中だ。それに夢中で、フランシスに振られた計算もロクに考えもせずに投げる。


「えーと……149えんと90えんで……」


一方フランシスは、一生懸命指を使って答えを求めようとするものの、数が大きすぎてなかなか上手くできないようだ。小学一年生にとっては、それなりに苦難を強いられる問題かもしれない。


「と……とにかく!ものには"しょーひぜー"っていうのがあるから、ここに書かれてるねだんよりもたかくなるんだぞ!」


解答を出すのを諦め、以前から教えてもらった"消費税"という難しい言葉(本人たちにとって)を使って、ギルベルトを説得させようとするフランシス。


「うるせえ!おまえにじゃがりごのなにが分かるんだよ!」


ギルベルトに効果は無いようだ。
手に持ったじゃがりごを大事そうに握り締め、離そうとしない。でも、ポケムンパンも気になるのか、パンコーナーのほうをちらちらと世話しなく窺っている。


「おれは、うーまい棒3ことちょこボールとポケムンパンにするから。トーニョは?」
「いま決まったで!ぐみとな、あとおれもポケムンパンかうことにしてん」
「!?」


アントーニョの発言に、ギルベルトの目が見開かれ、(え……?もしかしておれだけ仲間はずれ……?)という表情になる。


「ッ……」
「ギルはー?」
「どうするんー?」


腕に抱きしめたじゃがりごを名残惜しそうに数秒間見つめ、……意を決したように頷くと、そっとじゃがりごを棚に戻す。そして一段下のだんにあった百円以下のチョコレート菓子を掴んだ。


「お、おれもポケムンパンかうぜ!」
「おお!」
「やっぱおれら気ぃあうよな、なかまやんな!」
「もちろんだぜ!ケセセセセセセ!」




***





「……みんな、それでいいの?」


こくり。
百円におさまるお菓子+ポケムンパン(税込み98円)を手に、店内でカートを押していたの元に戻ると、少々不思議そうな顔でそう訊かれた。いつもは三人とも統一性がないのだ。が謎に思うのもある意味当然なことであった。


レジで会計を済ませ、袋の中に購入した食材を入れていくの隣で、三人は持ち手のない透明な袋を各自でちぎる。自分のものは自分で持ち歩きたい年頃だ。



「じゃ、かえろっか」




***





「最初にパン買おうって言い出したのってだれ?」
「おれだよ!」
「それにアントーニョとギルベルトも乗ったわけね?」
「せやで!」
「……おう」
「?」


元気がない(ように見える)ギルベルトの様子を見て、心配になったが尋ねようとした丁度そのとき、タイミングよくフランシスの声が被った。


「ポケムンパンのシールなにかなー?」
「早くかえってみたいなあ。なーギル」
「え?…あ、おう!たのしみだぜ!」


しかし、にかっと快活にギルベルトが笑ったので、も気のせいかと再び前を向きなおる。


「今日は特別だよ。次はこんなことはないからね」
「はーい。ありがとう、桜お姉ちゃん!」
「おおきに!」
「あ…ありがとな!」





ワガママ日和


「ポケムンパンシール、レパルタスあたった!」
「おれシャノピーやったわあ」
「よっしゃー!!おれさまオノノケスー!」