俺には妹がいる。とは言っても、血は繋がってないし、国籍だって違う。一つ屋根の下で一緒に生活したこともなければ、ご近所さんでもない。俺はフランスに住んでいて、彼女はずっと日本にいたんだ。……なんで過去形かって?それがね、聞いてよ。彼女、―――ちゃんっていうんだけど、ついこの頃イギリスに留学してきてね。なんでアメリカやカナダじゃないかっていうと、あの子、アーサーに惚れてるらしいんだ。留学の話を聞いたときに、「なんでイギリスにしたの?」って質問したら、『え?そ、それは……その、あれですよ!そんなの、あ、あ…………アーサーさんが好きだからに決まってるじゃないですか!好きな人とは少しでも近い場所に居たいんです!そんなのも分からないんですか!?』って怒られちゃったよ。好きな人に近づくために猛勉強して留学しちゃうなんて、ちゃんの一途さには驚かされるよ。こんなに想ってもらえるアーサーは幸せ者だよなあ。……えーと話しが逸れたから戻すよ。そんなわけでちゃんはイギリスに来て、俺と会うことも多くなった。アーサーの家と俺の家は隣同士だし、行き来も日本からフランスへ行くよりかはずっと時間がかからないからね。でも、留学前と後で変わったのといえば英語力くらいで、相変わらずちゃんは俺にたいして素直になってくれない。『別に、フランシスさんのためじゃないですから!』の台詞は何回言われたか分からない。けど、だからこそ、構い甲斐がある。年下だし、そんなちゃんを相手にしてたら、いつの間にか自分があの子の兄になったような気分になってくるんだ。だから、妹。これは俺が勝手に思ってることだ。友達というにはちょっと違う気がするし、家族ではもちろんないし、恋人でも先輩後輩でもただの知り合いでもないのなら、"妹"と表現するのが一番無難だろう。だから、妹。正確には、"妹みたいな存在"。なんだかんだで目放せないし、手は焼かすし、これがぴったりだと思う。まるでアーサーみたいだな。……ああ、勘違いしないでほしいけど俺とあいつは"兄弟"なんで親しい仲じゃない。何百年も殴り合ってきた、正真正銘の犬猿の仲。ちゃんと性格が似ちゃいるけど、あいつは可愛げがない生意気の塊みたいなやつだ。一緒に酒飲んだりもするが、今も睨み合ってる腐れ縁なことにかわりはないよ。その点ちゃんは俺に反発してきたあとは素直になったり―――とにかく可愛いんだ。仕草も全部。頭を撫でたくなってくる。普通に見てもあの子は十分「可愛い」の分類に入る容姿をしているし、こんな子がそばにいるなんて、お兄さんってば幸せ者!―――そんなお兄さんより幸せ者なアーサーは、ちゃんとうまくいってほしい。あの子の"兄のような存在"として、俺は二人を応援したいと思う。大事な妹の恋の行方に、明るい未来が待っていますように。




***





私には好きな人がいる。とは言っても、むこうは私の気持ちに全然気づいてないし、女としても見られていない。妹。あの人(私の好きな人の名前はフランシス。)は、いつだって私の隠れた本音を見つけ出してくれた。私がどんなに上手な嘘をついても、その場ですぐに作り上げた嘘をついても、ちゃんと私の本心を分かってくれていた。「君の考えてることなんて、お兄さんにはお見通しなんだよ」と笑って頭を撫でてくれるその手が好きだった。私が勝手に怒って八つ当たりをしてしまったときも、腹も立てないで話を聴いてくれる、その優しさが好きだった。泣きたいときには傍にいてくれて、落ち込んだときには得意の手料理を振舞って元気を出させてくれる、その温かさが好きだった。私の心の氷を溶かしてくれる、陽だまりのように柔らかい笑顔が好きだった。―――気づいてくれていると、信じていたのに。私がイギリスに留学することが決まった時、菊さんよりも先にフランシスさんにこのことを伝えた。どういう反応をするのか、楽しみでもあり、怖くもあり。『良かったね!努力が実ったんだよ!』と単純に喜んでくれるだけなのか、それとも「どうせならイギリスじゃなくてお兄さんのところにしたらよかったのに」と言ってくれるのか。――――――受話器を握り締めて期待した私が、馬鹿だったんだ。フランシスさんは、純粋に『おめでとう!』と言ってくれた。それだけ。そう、それだけ。もちろん、「おめでとう」の一言だけではなかったけれど。私が望んでいた言葉は、あの人の口からは出てこなかった。『なんでイギリスにしたの?』の質問にたいしては、咄嗟に嘘をついて、アーサーさんが好きだなんていってしまった。私が本当に好きなのは、誰でもない貴方なのに。フランシス・ボヌフォワ以外に、私の好きな人はいない。留学先をイギリスにしたのも、フランシスさんの近くに居るため。あえてフランスにしなかったのは、フランスという国はあの人自身だからだ。あの場所は、あの国は、フランシスさんと一緒にいるのには近すぎる>(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。だから、イギリス。今でも良い選択をしたと思う。フランス語やスペイン語やドイツ語などと比べて、英語は職の幅が広い。そういう将来のことも考慮してでの理由もあった。日本とは文化も習慣も全く異なるイギリスでの生活は、今やっと慣れてきたところ。そしてなにより助かってるのが、時差をあまり気にせずに電話できることだ。日本にいる頃はそれが原因で、電話をかけるのさえも躊躇っていたけど、今は前より気軽に話しをすることが可能になった。フランシスさんの声を聞く機会が多くなっただけでも、私は嬉しい。―――――だけど。電話をかける度に『アーサーとの進展はあった?』『今日、アーサーのやつに会った?』『アーサーとは最近どう?』『お兄さんが力を貸せることがあるなら、言ってね』フランシスさんは私がアーサーさんを好きなものとばかり思っている。私があの時ついた、くだらない嘘のせいで。どうして?今まではちゃんと私の本心を読み取ってくれていたのに。なんで、気づかないの?なんで?



(いや、これでいいのかもしれない)
(女としても見られていないのだから、これは私の完全な片想い)


いつだったか、菊さんが言っていたこと。
相手を異性として意識せずに、長い間付き合いを持っていれば、"家族"や"兄妹"という感覚が強くなる。だから、そこから恋愛感情が芽生えるのは難しいのだと。



(ああ、フランシスさんは私のことなんて、最初っから手のかかる年下としてしかみていなくて)
(今もそれはかわらない)
(ただの、妹)
(妹。)




このままなのかな?ずっと、これから先も。






届きそうで、届かない


(叶わない恋ならば、せめてさめるまで夢をみさせて)