眩しいオレンジの光が教室に侵入し始めた頃。気づけば教室はおろか、廊下やグラウンドからも人が消えていた。まだ校内に残ってる生徒は少なからずいるのだろうが、私の目の届く範囲には人っ子一人いやしない。机で黙々とノートに向かってペンを走らせているギルベルトは除いて。
「それまだ終わらないの?」
「まだだ」
用意していたかのような一言を早口で返される。一度自分の世界に入ると当分は戻ってこないのを知ってるが、待たされる私の身にもなってほしい。
プライベート専用のノートらしいそれの中身を、私は何度か見せてもらったことがある。自画自賛文はもちろん、難しい漢字の羅列、長ったらしい設定という名の資料集。一言でいえば「わけがわからない」。フランシスによればギルベルトは「中二病」と称される病に脳を侵されたらしく、今のところしっかりした治療法はないと聞いた。温かい眼差しで見守ってあげるのが、周りの人間にできる無難な接し方だという。初めて「中二病」について知ったときは病身に連れて行くことも考えた。が。成長とともに自然完治するとの話で、放置の方向に終わった。「目立つ行動をしなければいいけどねぇ……」フランシスの不安そうな顔と諦めを含めた声がやけに印象に残っている。
「よっしゃできた!」
勢いよく顔をあげ、ケセセセと笑う。いつもながら笑顔は小さい子供並みに無邪気だ。手を休むことなく書き続けた渾身の中二文章をながめて、にやりと怪しい笑みを作り出す。
満足感と達成感に浸ってるようです。
「終わったなら早く帰ろう」
膝で鞄をパタパタつつく。女の子っぽく鞄は両手持ち。蹴ってしまいそうになるから歩く時は別だけどね。
「さっきからずっと急かしやがってよ、お前一人で帰ればいいだろ」
「……なにそれ、もしかして昼間の約束わすれたの?」
「は?」
「ケ・エ・キ!今日の放課後帰り道の喫茶店に寄ってケーキ奢ってくれるっていったでしょ」
「…………ああ、そうか!」
何拍かおいて、記憶の取り戻しに成功。「わりぃわりぃ」と片手を立てて謝られ、溜息しか出てこなかった。ほっとかされた仕返しに、一番高いケーキを注文してやろう。
「んじゃ、行くか」
後に黒歴史になるであろう「黒竜騎士団 極秘NOTE」を鞄にしまうと、スッと立ち上がる。銀髪が夕日の光を吸い込んで、キラキラ輝く。―――綺麗だな、なんて思ってやんないんだからね。それと同時に神々しくみえたのは、もちろん内緒の話である。言ったら当然調子に乗るに決まってるからだ。
「フランシスとアントーニョも用事がなかったら一緒に行けたのにね」
「アイツらはうるさいから来なくていい」
「毎日絡んでるくせになに言ってんだか」
「だからこそだよ」
「え?」
「こ、こういう時ぐらいは……べつに……」
「?」
「……お、お前と……と二人だけでも……」
おかしいな。いつもはハキハキと物を言うギルベルトが上手く舌を回してない。おかげで最後のほうは何を言ったのか分からなかった。これも中二病の症状の一種なんだろうか。早く治るといいな。
「とにかく!アイツらは必要ねえんだよ」
「そんなことばっか言ってたら友達なくすよ。学校で一人楽しすぎるぜーな状況にはなりたくないでしょ」
「……そうだけどよ」
私だって不憫で孤独で可哀想なギルベルトの姿なんか、みたくないし。なんだかんだでフランシスとアントーニョと馬鹿やってるときが一番楽しそうにしてるし。私も私で、そんな三人をみるのが好きだし。ずっとずっとこのままの日常が続けばいいなとか、考えてるし。
でも、それはきっと無理な話なんだ。
時が流れるにつれて人を取り巻く環境は大きく変わるというし。だらだら気まぐれに学校生活を送ってる今も、いつかは終わりを告げるんだし。しょうがないよね。時間っていうのは、「死」と同じで生きてる人間に平等に与えられるものなんだし。
「あー早くケーキが食べたい!甘いものが食べたい!」
もやもやを吹き飛ばすために、わーわーと騒ぐように叫んだ。
先の未来なんて、まだ気にしなくていいよね。今は煩悩に身を任せて好きなように過ごさせてもらおうじゃないか。
「……なんだよ、びっくりさせんなよ」
「ごめんごめん。ちょっとね、お腹をすかすために、わーっと」
「そんなんでへるわけねーだろ」
「じゃあ、こっから喫茶まで全力疾走!さあ、上履きを靴に履き替えて行くぞギルベルト君!よーい……ドン!」
「ちょ、おい、、……待てええええええええええええ」
静かな放課後