蒸し暑い夏が終わりを迎え、少しずつ気温も下がって快適な日々が続いたのも僅かな間。今年も残り三ヶ月を切った頃には(人によっては)冬の到来といっても差し支えない程の寒波がやってきていた。芸術やスポーツ、食、読書、どれもロクに窘める暇も与えられないまま、二ヶ月前まで暑さで唸っていたのが嘘のように寒風に震える季節に突入したのであった。
「………………」
首に巻いたマフラーに顔半分を埋め、手袋をはめた両手を更に冷たい風から守るようにブレザーのポケットに突っ込み、かじかむ脚を動かしながら無言で歩き続ける。そんな防寒態勢を崩さない彼女の横を歩いているフランシスが、白い息を吐いてに対して呟いた。
「、今日そんなに寒いか……?」
冬服はしっかりと着込んでいるが、まだこれといった防寒具を身にまとっていないフランシスは、訝しげな表情で尋ねる。後ろを歩いているギルベルトとアントーニョも、周りにいる通学中の学生たちを見てもほど完全態勢に入った人は見受けられない。
「…………」
「……そっか」
フランシスの質問に無表情でこくこくと頷く。口を動かすことさえ煩わしいと言わんばかりの動作に、思わずフランシスの口から苦笑いが漏れる。
「日本人は体が弱いからな」
そんな二人のやり取りを後ろで眺めていたギルベルトが、とフランシスの間から顔を出して声をあげる。じろじろと観察するような目を向けながら放たれたそれに、若干の眉間に皺が寄ったのも気づかないままギルベルトは喋り続ける。
「雨に濡れたり、床とかこたつとか寝床以外の場所で寝ただけで風邪ひくって言われるんだぜ?しょうがねえだろ」
「…………」
「今日は超あったけーと思うけどな!」
とは正反対に、ブレザーのボタンを全開にして寒さを感じさせない格好をしているギルベルト。その口調にしろ、服装にしろ、何かと癪に障ったが彼の胸に軽く肘鉄を打ち込んだのは自然の流れで。
「……」
「いてっ、別に馬鹿にしてるわけじゃねーよ」
「…………」
「『嘘つけや』って顔しとんで」
「嘘じゃねえ」
何も発さず視線だけで心情を語るに代わり、アントーニョが口を開く。珍しく彼が気持ちを察してくれたことには心中で驚きと感心を抱きつつ、ギルベルトの言葉に反論する。
幼い頃から雨でびしょ濡れになったり、眠くなったら所構わず眠りに入るギルベルトに幾度となく注意をする度、今と同じようなことを言われた。最初は感覚が違うことにお互いびっくりしたものの、次第に理解していってもらえたはずだ。それを今更からかうように繰りかえされては、本人に悪気はなくとも言いたいことの一つや二つはできてくる。ただでさえガタイの良いゲルマン系な上、弟と共に体を鍛えるのが好きで体力もあるギルベルトの視点で語られては困る。今日は決して温かくはない。
確かに自分が周りの人たちよりも寒がりなのは否めないが、もう10月も半ばだ。寒さに縮んでなんらおかしいことはない。
――……ない、よね?
チラ、と周囲に視線をやり、その服装をチェックする。学生は皆冬服、ちらほらと中間服。大学生と思しき女性はお洒落な格好をしつつも肌はしっかりと布で覆っている。だが、やはりこれといった防寒具は身に着けていない。
――……。
――今日、寒いよね?
そんな光景を目にしつつ、先ほどのフランシスの言葉が脳内で再生され、今の自分の身形に疑問を抱き始める。思わず自問する形になり、己の季節感がズレているのかと不安になったが、ヒュウ、と吹いた冷たい風が頬を掠め反射的に身震いをしたことで、その心配はなくなった。欧米人、日本人云々の前にやっぱり自分は寒がりだ。
「日本人の言うそれは……なんちゅーか、アレやろ」
「……。気遣い」
「それや!」
うーんと首を捻って具体的な回答を探すアントーニョに、ぽそりと一言の答えを出す。言われっぱなしもモヤモヤするので多少マフラーの中に冷気が入ってきたとしても口を動かすことを選んだ。
「気遣いやでギルちゃん!」
「それは分かってるっつーの……。だから、、お前、首と手の対策するのもいいけどよ……脚どうにかしろよ。下にジャージのズボン穿くとか」
「……」
やたら自信満々なアントーニョを軽くあしらい、寒風を直に受けているの太ももに視線を注ぐギルベルト。『今日は超あったけーと思うけどな!』と声高らかに言っていた先刻までとは打って変わって、の格好について割と真面目に言及する。
それを聞いたは、ギルベルトに対する認識を少し改めてから、小さく唇を開く。
「それは……。なんか……運動部でもないし……」
「は?名案だろ」
「まあまあ、ギルちゃん。……そうだね。は寒がりだもんね。でも、寒さを塞げればなんでもいいって訳じゃない。だよね?」
「……うん」
納得がいかないという風に首を傾げるギルベルトを穏やかに宥め、に優しく語りかけるフランシス。は更に顔をマフラーに埋めて、こくりと顎を引く。
「……?」
「お兄さんは、いいと思うよ。マフラーで盛り上がってる髪とか、縮こまってるも可愛いし」
「そんな寒いんやったら俺が学校であっためたんで?」
「……おい、なんだか分かんねえけど、俺をおいていくな」
「…………」
状況(主にの心理)をいまいち理解できず、眉を寄せるギルベルト。その困惑した面持ちを横目で眺めるは、ころころと表情の変わるギルベルトにあえて何も言わず無言で思考を巡らせる。
人をからかったり、かと思えば心配してきたり、鈍感だったり、短い時間の中で目まぐるしく態度が変化するギルベルトの様子はなんだかんだで見ていて飽きない。
まとまりのないやり取りをしながら――気が付けば校門が目の前に迫っている。一人で寒い寒いと呟きながら通学するよりは多少騒がしい方がいいか、とフランシスとアントーニョの顔も一瞥して門を通っていく。
冬の初めとある日の通学路