「贅沢な」
いつもは曖昧に言葉を彷徨わせ、周りに流されるままに相槌を打っている菊が、このときばかりはキッパリと言い切った。
「一緒に馬鹿やれる友人がいて、さんという可愛い幼なじみもいて、大きな悩み事もないような貴方が、他人を見て『羨ましい』だなんて……自分の立場を見直してから言って欲しいものです」
「いや、羨ましいとは言ってねえぞ!?」
今日に限って何故菊がこんなに饒舌なのかというと、原因はギルベルトの何気ない一言にあったりする。
休み時間。廊下で立ち話をしていた菊とギルベルトの目の前を、ラブラブとイチャつくカップルが通り過ぎて行った。その光景を見たギルベルトが、「あーリア充爆発すればいいのに」と零したのが、菊の中の何かに火を点けてしまったようで、滅多に破けない八橋の中身がこぼれ出た。本当に彼にしては珍しく、最後まではっきりとした口調で。
「『リア充爆発しろ』この言葉はリア充に対する嫉妬のこもった言葉であり、『お前が羨ましいんだよ』『俺だってそんな風に……』という本心が込められた言葉でもあります。つまり、日常生活が既に充実している貴方が使う言葉ではないのです」
「…………お前、今日はどうしちまったんだよ」
「どうもしてませんよ。ただちょっと、日頃の本音が漏れてしまっているだけです」
「…………」
「何をそんなに警戒しているのですか?日頃の本音と言えば、私はさんのことが気がかりでならないのですよ?貴方やフランシスさんやアントーニョさんの間に居るさんのことが色々な意味で心配でならないんです。私はあの子が小さい頃から知っていますし、面倒を見たことも少なくはありませんから……」
「お、お前歳いくつなんだよ…」
普段は静かで大人しく、人柄の良い人間が、淡々と本音を吐き出す姿はギャップも手伝ってかなりクるものがある。欧米人から見たら小学生にしか見えない外見をした菊に対し、ギルベルトは得体の知れない恐怖に似た物すら感じていた。
「……それはそうと、最近、さんに変わったことなどは?」
「変わったこと?ん、ねえよ。いつも通りだ」
「そうですか。では、」
「次は何だ」
「ギルベルト君は彼女、欲しいんですか?」
探るような目の中に、好奇心の色。
の話題から唐突に切り替わったというよりかは、振り出しの内容に戻ったというのが正しいだろう。
「…今は別に。あいつらとと一緒にいる方が楽しいし」
「恋より、今のこの日常を大切にしたいと」
「ああ」
「成る程。いいんじゃないですか」
どこか柔らかくなった声色。先程までのチクチクとした雰囲気はもう纏っていない。
「でも、だからといって」と菊は続ける。
「さんが傍に居るからといって、しょっちゅうセクハラなんてしていてはいけませんよ?」
「え、は、してねーよ!」
「本当に?」
「…………べつに、ノリでタッチするくらい…」
「はあ」
「なんだよ!」
「羨ましいです。貴方がた四人の関係が」
「?」
男三人に女一人という構成なら、誰かが恋愛に走ってもおかしくないのだが、とフランシスとギルベルトとアントーニョの四人は、幼少の頃から現在に至るまで「幼なじみ」の友達以上恋人未満な位置に、変わらず立ち続けている。異性を意識してしまう思春期に距離を置いてしまうこともなく、付かず離れずの昔のままで。性別を超えてくだらないことをやったり、悩みを打ち明けたりできる、余所余所しさのない関係は正直羨ましいものだ。
自分の周りにいる面子を思い浮かべて、菊は苦笑する。
「まあ、私も私で恵まれているのでしょうけど」
なんだかんだといいつつ。
チャイムと重なった呟きは、ギルベルトには聞こえなかったようだ。
ぞろぞろと教室に帰っていく生徒達に混ざって、菊とギルベルトも軽い別れの挨拶を交わすと、各々のクラスに戻って行った。
まどろみの中の飴玉
いつまでも溶けない、ずっと同じ味の関係