日常に潜む非日常、その調査結果

都市伝説や七不思議といえば、大半の学生が興味を持って耳を傾ける話題だろう。

その内容こそ地域や学校によって様々だが、定番として根付いているものはもはや笑い話としてネタにされているものが多い。例を挙げるなら、女子トイレに住まう花子さんや、音楽室でひとりでに演奏を始めるピアノ、動く肖像……等々。各地で有名になりすぎて今ではネタと化してしまってる伝説はけして少なくないのだ。

だからこそ、だろうか。
一部でひっそりと語られる都市伝説や七不思議が妙な信憑性をもっているのは。



***





『本田菊』
たち四人と同じ学校に通う三年生。
真面目で要領が良く、成績も優秀。当時本人にその気はなかったものの、周りに推されるがままに生徒会に加入。現在も進行形で書記として活動している。
嫌なことを嫌と言えず、言葉を濁しがち。また自分の意見や考えを主張するのも苦手で、性格はかなり控えめ。
一見すると目立たない生徒という印象が強いが、持ち前の面倒見の良さと穏やかな物腰で、下級生からは一定の人気を得ている。
教師達の期待にも応え、生徒会での信頼も厚いので、校内では優等生として知名度が高い。


そんな学業優秀、性格温厚な本田菊には、ある一つの噂が常に付き纏っていた。
それがあまりにも現実味を帯びていないので、校外の人間に話すと冗談だろうと笑いとばされること必至なのだが……当の生徒達にとってはジョークで済ませられるほど、軽い内容ではなかった。



"本田菊は歳をとらない不老不死だ"



これだけ見ればかなり滑稽な一文だ。
しかし、『ジョークで済ませられるほど、軽い内容ではない』のにはしっかりとした理由が存在していた。


約十年ぶりに母校に訪れた卒業生。
彼女は自分の青春時代を懐かしみながら、過去を振り返ってこう言ったという。


「私二年になってから生徒会に入ったんだけどね、その時すでに本田さんは三年生で書記の仕事をしていたの。私が三年になってもなぜか本田さんはずっと生徒会にいて不思議に思ったんだけど、結局事実を掴めないまま私はここを卒業しちゃったの。その時も本田さんは在校生徒として私を見送ってくれて。」
「今回も久しぶりに顔合わせたんだけどさ、外見も中身もなんにも変わってなかったよ。――――まるであの人だけ成長が止まってるみたい」


三年ならまだしも、十年も外見に全く変化がないのはさすがにおかしいだろう。
それ以前に十年以上も学校に留まり続けているという時点で疑問と謎に溢れているが。
これを聞いた現役生徒を発生源にして友達から友達へ。まるで感染症のように瞬く間に『噂』は校内全体へと浸透していった。
中には真実を突き止めようと奮闘した者もいたにはいたのだが、未だに全ては闇に紛れたまま、真相を知る者は一人もいない。




「もちろん、ある四人を除いての話だけどね」


机の上に置いてある紙を指でトントンと叩きながら、フランシスがすまし顔で呟く。
『都市伝説!?七不思議!?本田菊の正体!』という手書きの文字が存在感を主張するその紙面には、どこから集めたのか菊についての情報が箇条書きでまとめられていた。


「その四人ってのがお前らなわけだが、何か知らねえか」


椅子をどこからか引っ張ってきてフランシスの対面に座るギルベルトは腕組みをしながら『四人』に視線を巡らせる。
その四人というのは言うまでもなく、


「いきなり教室に呼び出されたかと思えばそんなことですか」
「都市伝説の起源は俺なんだぜ!」
「何か知らないかって言われてもネー」
「ていうか三人とも今更すぎない?」


香港、ヨンス、台湾、の亜細亜の面々であった。




時は放課後。現在教室にはとフランシスとギルベルトとアントーニョに加えて、ギルベルトに呼び出しをくらった別クラスの香港とヨンスと台湾の姿があった。
例の如く不真面目な悪友スリーは、テスト期間のこの時期に現実逃避を図るかのようにして『本田菊の噂』について調べ回っていた。
途中までは自力で情報を探していたのだそうだが、あまりにも集まりが悪いため最終手段としていた亜細亜メンツに聞き込みを早々に開始したのだそうだ。


は小さい頃からよく本田んとこ行っとったやん。あいつについて分かっとることってなんかないのん?」


教壇に腰掛けるアントーニョが、に質問を振る。


「菊さんの家には昔からよくお邪魔してたけど…………ってこの話三人には何回もしてない?」


とフランシスとギルベルトとアントーニョは所謂幼なじみという関係だ。
だからこそが『が幼少の頃から本田菊の家に度々遊びに行っていた』という事実は周知のはずなのだ。


「今また聞くことで新しい発見があるかもしれんやろ」
「なにそれ……」


何回聞いても同じだろうと心の中で漏らしつつも、は自分の知ってる菊について思いつくままに喋りだす。


「初めて会ったときから菊さんは今と同じ身形をしてたと思う。…………思う。……うん、それだけ」
「他には」
「他にはっていわれても……好きな食べ物とか、そういうのは今は求めてないんでしょ?だったら住んでる場所と王耀さんっていう社会人のお兄さんがいることくらいかな。耀さんのことは三人も少し知ってるよね?」
「せやな」
「ああ」
「まあね」


無気力な肯定の返事を口にすると、次はギルベルトが香港達に尋ねる。


「お前ら三人は?菊の身内っつんなら何か詳しい情報は持ってないのか」
「そう言われても困るんですけど的な。確かに菊と俺たちはきょうだいですけど」
「なんで歳をとらないのかとカ、一体いつからあの外見のままなのかとカ」
「そんなのは俺たちも一切分からないんだぜ!」
「…………そう、か」


家族にも分からないことが他人に分かるわけもない。
頼りにしていた四人にこう言われてしまっては、もはや真実を探る手段は残っていない。……いや、あることにはあるのだが、それを実行したところで上手く躱されてしまうオチが既に見えてしまってるので、余計な足掻きは今回はしないことにする。
『本人に直接聞きだす』だなんて、あの口上手な菊が相手だと考えるだけで勝てる気がしないからだ。


「ここまで、か……」
「あー今まで誰も知らなかった秘密を暴いてやろうと思ったのによー!」
「……たちは疑問に感じんかったん?本田がずーっとおんなし外見でおるのに」
「むしろずっと変わらないから、菊さんはそんな人なんだなあって自然に受け入れてたよ。ね」
「ネ!」
「同意的な」
「なんだぜ!」
「なにそれ怖い。亜細亜ってなんでそんな謎に包まれて――――――」






「おや、皆さんまだ残っていらしたのですか」






ガラリと。
何の前触れもなくドアが開いて、穏やかな声が教室内に響き渡る。
七人の会話は途切れ、全員が一斉に視線を向けると、今しがた話題になっていた菊がまとめられた書類を片手に廊下に立っていた。


「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「起源……」


噂をすればなんとやらである。
突然の本人の登場に思わず硬直してしまう七人。
菊はそんな七人に歩み寄ると、時計に一瞥を投げてから溜息混じりに忠告する。


「もう下校の時間ですよ。貴方たち以外皆さん既に学校を出ています。早くしないと門が閉まって……おや、なんですかそれは」


菊の目線が机の上にある一枚の紙に注がれる。
我を取り戻したギルベルトが慌ててくしゃくしゃに丸めたものの、書かれた内容はすでに読み取られていたようで、


「貴方たちもそんなことを調べているのですか。……別に悪いとは言いませんが一つだけ、いいでしょうか」
「あ、ああ……」


冷静な態度の菊とは反対に、答えたフランシスの声は戸惑いを隠しきれていなかった。
自分のことをコソコソと探られる。これを気持ち良く感じる人間はいないだろう。
何を言われるのかと七人が構えていると、


「……」


クルリと踵を返して、菊はドアの方へと歩いて行ってしまった。
拍子抜けしたアントーニョが「……あれ?なんもゆわんの?」と小さく零した瞬間、菊の足がドアの前でピタリと止まる。
そして首だけを七人に向ける形で、にっこりと笑いながら、一言。






「世の中には、知らなくていいこともたくさんあるのですよ?」






律儀に礼をしたあと廊下に出て扉を閉める菊を、七人は目で追うことしかできなかった。




日常に潜む非日常、その調査結果

「でもまあ……菊さんなら何でもありだと思えちゃうよね」
「菊さんミステリアスだネー」
「逆に今更激変されても困る的な」
「菊の起源は俺なんだぜ!」

(((本田より亜細亜の感覚が一番怖い)))


結果:ますます謎が深まった

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2012.08.07