日常時々、求めずにはいられない非日常

何の前触れもなく唐突に放たれた一言。


「恋人ごっこしようや」


いつもと変わらない声で。いつもと変わらないノリで。いつもと変わらない調子で。アントーニョはそんな発言を口にした。忘れていたことをふと思い出した時の『あ、そうだ』に似た軽いニュアンスで。息を吐き出すように自然に零れたその提案に、当然とフランシスとギルベルトの動きは止まった。


は硬直したまま目をぱちくりさせ、
フランシスの飴を転がしていた舌は停止し、
丁度ペットボトルを傾けていたギルベルトの服には中身の炭酸が容赦なくふりかかり……


「ちょ、あ、あああああああ……!!!」
「…………アントーニョ?何言ってるの?」
「ごめん。お前が突然変なこと言い出すのには慣れてるけど、今回のはちょっとお兄さんも説明がないと……」
「それより150円弁償しやがれ!」


冷静にアントーニョの対応にあたるとフランシスの横で、ズボンを濡らしたギルベルトが声を荒げて抗議する。
しかし、アントーニョの話を聞くのが先と言わんばかりに二人はギルベルトに対してスルーを決め込む。
アントーニョも、言わずもがな。


「青春ってゆうたら恋やん?いや知らんねんけど。青春=恋ってゆうか、恋が青春の代名詞みたいやん?周りの奴らの話聞いとったら。なんかそうらしいやん?いや知らんねんけどな」
「で?」
「俺たちはしてへんやん」


回りくどく捲し立てたあとでキッパリと言い切る。
事実なだけに、聞いてる側も『そうだね』としか返しようがないのだが。
実際今まで・フランシス・アントーニョ・ギルベルトの四人に恋人がいた時期はない。
『今はその気がないから』『今は四人でいた方が楽しいから』と言い続けて、なんだかんだで結構な月日が流れてしまっているのが事実だ。
現役の高校二年生にして浮いた話は一切無し。クラスメイトや周囲の同級生が次々と彼氏彼女をつくっていく一方で、たちは完全に蚊帳の外の存在。
色恋沙汰と無縁の四人は、それこそ小学生時代から変わらぬ日常を現在も送っているのだった。


「好きな人がいないんだから当たり前じゃん。それとも何?アントーニョお前、もしかして好きな子とか……」


フランシスが勘繰りを入れると、間もなくアントーニョはハッキリと断言する。


「おらんで」
「だったら別に無理して青春の代名詞なんてやらなくても」
「いや、それはあかん。やらなあかんねん。」
「でも好きな人はいないんでしょ?」


が確認を取るように尋ねると、「せやで」と肯定の返事をしてから勢いよく立ち上がる。
反動で椅子が音を立てて倒れたが、気にも留めない上にそれにも負けない声量で、




「せやから、ごっごですんねん!」




無意味に拳を作り、冒頭の発言をどや顔で叫んだ。


「…………」
「…………」


珍しく幼なじみのテンションについていけないとフランシスは、顔を見合わせるやアイコンタクトで会話を行う。


(どうする……?)
(とりあえず気が済むまで付き合ってやろう。こいつの思い描いてる恋人像っていうのも気になるし)
(……そうだね)





***







と、いうことで。


「おい、俺がいない間に何がどうなったのか詳しく説明しやがれ」


所変わって屋上。
運動部が練習に励む姿が一望できる場所で、アントーニョととフランシス……とギルベルトの四人は再び向かい合っていた。


「ギルはどこ行っとったんやっけ?」
「保健室だよ!ズボンの代えもらってきたんだ!テメエの前振りない一言のせいでボトルの半分はなくなったんだぞ」
「ああ……悪いな」
「後で絶対弁償しろよ!150円だからな!」
「なくなったんは半分なんやろ?それに飲みさしやったやん。せやったら75円でええんちゃうん」
「ふざけんな。全額支払ってもらう」


被害者という立場にいるせいか、いつもより態度がでかいギルベルト。
アルバイト等をしていない故、財布も常に潤ってないのでお金に関しては若干うるさい。
「えーとじゃあ説明がてら話をまとめるよ」とフランシスが場の指揮を取らなければあと数分はグダグダなやり取りが続いていたことだろう。


アントーニョの意味不明な一声で始まった、一連の応酬の内容を聞いたギルベルトは、「ふーん」と素っ気ない反応をしてから、アントーニョに対して一つの質問を投げた。


「なんでお前はそこまで恋にこだわんだよ」
「今しかできひんことは今のうちにやっときたいやろ?俺ら高校生なんやし。青春まっさかりなんやし。でもよくよく考えたら好きな子とかおらんねんな、俺」
「で。俺たちとごっこ遊びしようってか。それなら一人で十分なんじゃねえの?俺たちがいる意味あんのか?」
「ギャラリーもおった方が盛り上がるやろ」
「………………あ、そ」


諦めたのか呆れたのか口を閉ざしたギルベルトにかわり、今度はが唇を開いた。


「ずっと気になってたんだけど……具体的にはどんなことするの?」
「ん?そうやな。まずは……」


アントーニョが、「んー」と10秒ほど空を眺めて考えてる間。
その無計画ぶりに三人が心の中で同じ突っ込みをしたのだが、誰一人として声には出さなかった。
やがて、ぱっと表情を輝かせた全ての元凶は、満面の笑みでに向き直ると、ある要求を言葉にした。


「俺に告白して」
「え?」
「なんでもええから。好きや!とか付き合って!とかでええから」
「私が?」
「他に誰がおんねん」
「……フランシスとギルベルト?」
「ふざけとん?」
「ごめん」


僅かにアントーニョの声のトーンが下がったので、素直に謝ってから正面に立つ


(…………ぶっつけ本番、か)


屋上で向かい合う男女。
傍から見ても、今から始まることは容易に想像できるだろう。
――――もっとも。それが演技だということは知る由もないだろうが。



「……んで、俺たちはどうすればいいの?」
「適当に冷やかしときゃいいんだろ。ギャラリーだギャラリー」
「ていうかこれ恋人ごっこじゃないよね?まだ付き合ってもないよね?」
「あいつにしちゃ珍しく順序踏んでるよな」



二人とは少し離れた場所に移動して会話するフランシスとギルベルト(エキストラ)は、いつもと違う雰囲気になっているとアントーニョを見ながら、カップル誕生を祝福するモブの台詞をそれとなく考えていた。


「えっと、じゃあ……」
「いつでもええで」
「…………うん。わかった」


やる気のないエキストラを余所に、は小さな息を零すと、一歩二歩と歩みを進めてアントーニョとの間合いを詰める。
そして視線を相手と絡ませると、遠慮がちに言葉を紡ぎ始める。


「あの、私」
「なんや。こんなとこに呼び出したりして」
(私が呼び出した設定なんだ……)
「なんかあんのか」
「……うん。私ね、」


「アントーニョのこと好きなんだ。だから……よかったら、私と付き合ってください」


「ええよ」
(即答!)


アントーニョの返答が予想以上にあっさりしていたおかげか、自分の言葉の浪費を激しく後悔する
慣れないことをしたせいか、口調はかなりぎこちなくなってしまったが――――


(まあ、このほうがリアリティあっていいよね)


良い方向に思考を切り替え、開き直ることにした。
――――と、そこで。
今の(偽)告白シーンをたまたま目撃したという(設定の)モブのフランシスとギルベルトが、出番とばかりにとアントーニョに駆け寄ると、子供じみた野次を飛ばしながら大声で騒ぎだした。


「あー見ちゃった!お兄さん見ちゃったよ!」
「お前ら両想いだったのかよ!全然気づかなかったぜ!」
「やろ?いっこも気づかんかったやろ?」
「ああ。でもよかったな!おめでとう!!」
「あ、ありがとう……」
も水臭いねえ。俺になんでも相談してくれればよかったのに!――――――………………………………それで、このあとはどうするの?」


フランシスの我に返ったかのような冷静な口調で現実に引き戻される。
賢者タイムという名の付きそうな沈黙が三人の間に訪れる中、ただ一人空気を読めない男・アントーニョが、そのままのテンションでぽんと手を打った。


「デート!次はデートや!放課後デートやで!」
「どこ行くの?」
「ちゃんとクラスの奴らから聞いて回ってんで!そうやな最初は――――マクドでも行こか?」


恋人ごっこは今からが本番と言わんばかりに、意気揚々とにデートを持ちかける。
良くも悪くもいつものアントーニョだ。


「うん。それでいいよ。じゃあ行――――」
「ちょっと待て」


断る理由もないので、も了承の返事を返す。だがその途中。
強制的にストップを入れる形で、ギルベルトが二人の会話に割り込んだ。


「マック?そんなん俺らでいつも行ってるじゃねーか。普通に恋人同士でしか行かないところにしろよ」
「? 例えばなんなん?」
「は?お前聞いて回ったんだろ。マックの他には回答くれなかったのかよ」
「くれたで。――――街中ブラブラしてたまに店ん立ち寄ったり、喫茶店行ってお茶したり、ゲーセン行ったりとか……」
「…………なあ、アントーニョ、それって……」


怖ず怖ずとフランシスが口を開く。


「それって、俺たちもやってることじゃないか」
「え?」
「マックで駄弁ったり、街ブラついたり、の買い物に付き合ったり、喫茶店でケーキ食べたり、ゲーセンで金使いすぎたり……」





別に恋人同士じゃなくても、俺たちだってほとんど同じことやってるじゃないか。




――――何かを気づかせるのには、十分な一言だった。
フランシスの指摘に意表をつかれた三人は、思わず真面目な顔になり、



「…………言われてみれば、そうだね」
「……なんだよ。何が放課後デートだよ。俺らとやってること変わんねーじゃんか」
「ええー……なら何したらええねん……」



三者三様の反応を見せた。
そしていち早く事実に気が付いたフランシスは、大きな安堵の息を吐くと、アントーニョに対して恋人ごっこ終了を促す言葉をかける。


「別に今できないことを無理してする必要ないんじゃないかな。学生時代の過ごし方なんて人それぞれなんだし。俺はこの四人で一緒にいる時間が好きだから、もう当分はこのままでいいかなって思ってるんだけど。――――――アントーニョ、お前は?」


フランシスが呼びかけると、とギルベルトの目線もある一点に注がれる。
――――言うまでもなく、今回の事の発端者へと。
三人からの注目を浴びたアントーニョは、一瞬戸惑ったものの、すぐに普段の人懐こい笑顔を浮かべると、快活な声を上げた。




「――――――やんな!」


「いやー考えてみたら四人バラバラで過ごす生活とか想像できんわ!」


「うん。このままでええ。俺もこのままがいっちゃんええよ」


「……そんじゃあ、気ィ取り直してマクドでも行こか。――――ああ当たり前やけど、四人で、やで」




日常時々、求めずにはいられない非日常

「お兄さん今回めっちゃいいこと言わなかった?」
「これで自画自賛の癖が治ったら最高なんだけどね」
「今回はお前のせいで変な茶番に付き合わされたんだからよお、全員分奢ってもらうぜ」
「わーっとるわ……」

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2012.09.20