ジャラジャラ。動く度に存在を強調させて音を発するそれに、今は忌々しさも感じなくなった。ただこれは、自分があの人のものだということだけをハッキリと物語っている。手首と足首に触れる冷たいそれは、決して自分を離してはくれない。外の世界を見ることさえも全ては儚い望みであり願えば願うほど、光のないこの部屋に掻き消されて、そんな思いがあったことさえも完全に忘れてしまうほどに――――。




この場に全く似合わない、青空を彷彿とさせるその声の主は目の前の愛しい人間の名前を呼び、ドアを閉めて歩み寄る。


!」

自身の腕で愛する女の名前を口にしながら、強く強く抱きしめる。今にも壊してしまいそうな力でひたすらに、強く。


「っ…臨也…」

痛いよ、と呟けば途端に腕の力は弱まり、次は片手での頭を優しく撫でながらこの空間に溶け込まない爽やかな声が、再び発せられる。


「ごめんね」

今にも消え入りそうな声はの耳にはしっかりと届いており、それに反応して首を横に振る。「大丈夫だよ」柔らかい唇から出てくるのは可愛らしく小さな声。形ではないそんなものまでもが全ていとおしく、だからこそこの手で壊してしまいたい。
壊して壊して壊して愛して壊して愛して愛して壊して壊して愛して壊して愛し続ける―――。


彼女の身も心も、目に見えず形にないものだって自分だけが見て、触れて、聞けばいい。
例えば誰かに向ける笑顔だとか、誰かのために紡ぐ言葉だとか、誰かを思う心だとか、誰かを見つめる瞳だとか、誰かのことを考える頭だとか、――そんな"誰か"は何一つとして必要ない。ただ折原臨也という人間だけに全てを晒せばいい。


――だから俺も、俺の全部をに捧げよう。

人々が信仰するいるのかいないのかさえも曖昧な神なんかよりも、目の前に確かに存在する大切な人に、身も心も命も捧げる。その代わりにも、俺だけに自分を預けてくれ。

頭を撫でていた手を移動させ、白い肌を優しく包むように両手をの頬に添える。それから触れるだけの軽いキスをし、今度は壊れ物を扱うかのように抱きしめる。先程より力は込められていないものの、自分のモノだと主張する意思の大きさに変わりはない。


些か一方的な愛だがはそれを受け入れており、臨也の方もが自分のことを深く愛していないことは知っている。
――それでいい。
特別なことは望まない。ただ自分の傍で自分を受け入れてくれればそれで満足だ。


―あぁ、愛してる、愛してるよ

何度その言葉を口にしても満足できないほど、臨也の中で収まりきれず溢れていく愛はを縛りつける。どんなに頑丈な手錠や足枷よりも、強くその身を束縛する愛の言葉は今日も止むことなく紡がれる。


一生かけても愛しきれないと思うほど、この一分一秒の間にもは愛しさを増していく。自分の愛が追いつかない――だが、それでこそ愛し続ける意味があるのだ。ありきたりな言葉で彼女を飾るのは好きではないが、自身の思いに反しない素直な気持ちは、何度も何度も同じ言葉を口にする。

はそれを拒むことなく、ただ黙って聞き入れる。臨也の腕から逃げだす気もなければ――たとえ、行動を起こしたとしても再び捕まるだけだろう。

無駄だと分かっていることを実行しようとは思わない。外に出て迷うよりもこの人に愛されて、この先もずっと変わらぬ愛を注がれる方いい。


愛しい女に歪んだ愛を囁き続ける男も、またそれを受け入れている女も、相当に歪な形をした自らの感情に、惑わされることなく、これを真実と信じながら――――




another black