「ありがと、新羅」

珍しく傷をつくって僕の所に来たは、手当てが終わると同時にお礼の言葉を口にした。それに対して「どういたしまして」と返すと、ガーゼや薬品を箱にしまって、財布からお金を取り出そうとするを止める。

「今回のは、軽い擦り傷だけだったし、友人のよしみとしても料金はとらないよ」
「え、でも、手間かけさせたし…」
「いいよいいよ。丁度暇してたしね。その代わりといっちゃあなんだけど、ちょっと付き合ってくれない?」

現在、セルティは仕事で家を出ている。することがなく、暇を持て余していた時に、膝に傷をつくったが来たというところだ。時間を潰されたどころが、僕にとしては好都合だった。

「勿論、がよかったら、だけどね」

でも、強要はしない。は少し考えた表情をした後、にこりと微笑んで「うん、いいよ」と返してくれた。
すぐにキッチンに立って、2人分のティーカップに紅茶を注ぐ。

「今はコーヒーが飲みたいな」
「ごめん、買ってないや」

片手で謝りのポーズをすると、また笑って、は再度お礼を言いながら、前に置かれたカップに口をつける。

「紅茶も好きだよ、おいしい」
「よかった」
「でもまさかこの歳になって、転んで擦りむいただけで、医者の所駆け込むとは思ってなかった」
「転んだわりには結構血も出てたしね。判断としては間違ってなかったと思うけど」
「これは私の黒歴史になるな…」
「はは、大げさな」

僕も一口、紅茶を喉に通すと、がカップを置くのを確認して話を持ち出す。

「相変わらずかい?二人とは」
「本当に変わらずだよ」


僕の言う"二人"に、は、誰かと質問することもなく答える。いつでもや僕にとって"二人"とは、来神時代からの付き合いの臨也と静雄のことで、もはや名前を出すまでもないくらいだと思うと、結構長い間つるんできたなぁ、とか、関係なしに考えた。

「で、なんでいきなり?」
「いやぁ、はどっちが好きなのかなぁって」

確かに、確かに突拍子もない言葉だったと思う。だけど、漫画によくあるようなリアクションは、これまであんまりみたことない。丁度紅茶を飲んでいたは、噴出したせいで顔を濡らしていた。もしこれがベタなギャグだったら、多分僕はそれを噴きかけられているのだろう。

「新羅……」
「ごめんごめん、いきなりすぎたね」

半分怒ったにタオルを差し出し、その間にも謝りながら、話を戻す。

「だってずっと一緒にいるじゃん、僕は勿論、門田君とかセルティとかにも、聞かれたことないの?」
「仲の良い友達同士って見られてるみたい」
「えぇあれで!?」

驚きの声を上げた僕に、も一瞬吃驚した表情を見せ、今度は溜息を吐きながら口を開く。

「新羅はどういう風に見てるの?」
「三角関係」
「…あー」

心当たりがあるのか。いや、そもそも臨也と静雄とよく一緒にいたは、高校時代からかなり噂を立てられていた。
当の本人たちは、そうやって高校の時から変わらずの距離で接し合い、関係を持っている。今でも変わらず、正に不得要領な状態のままで。

「……どうなのかな?」
「それ僕が聞きたいんだよ」

普通に手を繋いだりする仲、でも恋人という存在ではないその関係は、果たして何と言い表せられるのだろう。

「君たちは実に曖昧模糊で種種雑多な感情を持って付き合ってるんだね」
「ごめん、分かりやすく」
「一言で言えば、"ハッキリしてないよね"ってこと」

だけど多分、臨也と静雄は―――、と言いかけたところで言葉を呑んだ。一挙一動が分かりやすい静雄と、毎回聞き流されてはいるが、の前でも普通に愛を囁く臨也。どうもこの3人の境界線は、曖昧すぎる。

「でもね、二人は大事だよ」

落ち着いた様子で、少し俯きながらが呟いた。
もし、臨也と静雄、二人に同時に想いを告げられたら、はどうする?今のこの関係を保ちたいが為にどちらも受け入れずか、それとも、一人を選ぶのか、あるいは――――

「二人の愛を受け入れる、か」

頭の中で考えていたことが声に出てしまうなんて、よくあることだ。慌てて自分の口を塞ぐが、幸いには聞こえていなかったようで、安堵して体の力を抜く。

「まぁ、私にも分からないよ」

顔を上げて、無理をして笑うに、僕の心が少し痛む。第一、開口一番にこの話をしだしたのは、僕だ。

「うん、分からないよ。いつか臨也や静雄だって好きな人ができて、私の近くから離れて行っちゃうだろうし、」
「それはないと思うな」

こうなるとは予想してなかったけど、話を打ち切るのも、なんだか抵抗があった反面、僕はを安心させたかった。

「大丈夫だよ、絶対」

どこからそんな、絶対などという自身が沸いてくるのか。自分が言い切れたことではないのに。

「…え?」
「二人は多分、の傍から離れないよ、これからも」

長い時間付き合っていれば、否が応でも分かってしまうことがある。
でもそれは、僕から伝えるのではなく、いつか、その時が来るまで。




家族でも友達でも恋人でもない
だけどそんな中で、彼女達は繋がっている。



「じゃあ本題のセルティ語りといこうか!」
「はいはい、どうぞ」