壁一面を覆う本棚。高級レストランでよく見られるような観葉植物。
お洒落な雰囲気を醸し出している広いマンションの一室には、家主と一匹の猫、そして一人の客の姿がある。そんな優雅な一面を描いている反面、吊るしてある洗濯物がその場のシュールさを物語っていた。妙な生活感を纏っている室内には、100万円の高級アクセサリーと100円ショップで買ったアクセサリーを合わせて身に付ける幽らしいといえば幽らしい、どこかズれた感覚が此処にも出ていた。尤も彼自身は、それに特に疑問を抱いておらず、ただ、いつもの無表情で、さもこれが当然といった風で、貫き通している。喜怒哀楽を露にしない、心の底を読むのが大変難しそうな青年に、緊張した様子もなく出された紅茶を啜り飲む客――――は、口元さえも緩ませずにいる幽に対して、笑顔で話しかけている。一見みれば硬い人間と捉えられそうな幽であるが、相手を邪険にするつもりは全くなく、表情を表にしないだけで、人はいいのだ。



「独尊丸かわいー、スコティッシュフォールドもふもふー」
「猫は大体もふもふしてると思うけど」

の足に乗ってきた、幽の飼い猫・唯我独尊丸は、に頬を寄せられるとニャーと鳴く。まだ成長しきっていない、両耳が前方に折れたそれは、愛らしい生き物に他ならない。


「しっかし変わった名前というか…」
「よく言われるよ」
「静雄だったらド直球で"タマ"とかつけそうなんだけど」
「…分かるかも」

受け答えもやはりどこか淡々としていて、無表情を保ち続ける幽。面こそ何も考えてないように見えるが、内心では独尊丸とじゃれるを、微笑ましく思っていた。


「あ、静雄には会った?」
「うん。数日前に」

最近、映画の撮影も含めてテレビやラジオや雑誌等に、さらに多く顔を出すようになった幽は、池袋に住んでいるといえど仕事もハードスケジュールで、中々会う機会がなかった。高校の時から静雄の家にもちょくちょく遊びに行っていたは、幽を弟のように思っており、ぎこちない敬語はやめようということで、幽はのことを"さん"付けで呼んでいても、タメ口で話しているのだ。


「この頃仕事も多いでしょ。無理してない?大丈夫?」
「大丈夫」
「体壊さない程度に、頑張ってね」
「ありがとう。……兄貴にも同じこと言われたよ」
「だろうね」

幽を大事に思っている静雄のことだ。久々に会ったなら、色々と心配もしたことだろう。テレビなどで様子は伺えても、実際顔を合わせるのとは違う。疲れていても、苦しくても、その表情を一切見せない幽の心情は、一体何で解るんだろうか。

さんは、最近どう?」
「え、?」
「兄貴と」
「ああ。普段から会ったりはしてるよ。特に変わったこともないかな」
「ふぅん」
「幽の話もよくしてくれるし、バーテン服はいつも着てる」
「、そっか」

幽が一度ゆっくり頷くと、は会話が途切れた間に、袋からプリンを取り出し、自分と幽の目の前に置く。そのフタのデザインはよく目にするものだ。じーとプリンを見ていた幽に、プラスチックのスプーンを手渡し、少し申し訳なさそうにが声を上げた。

「これ…スーパーのだけど」
「それでいい」

キッパリと言うと、フタを開けて一口食べる。
こだわりのお菓子屋の物ではなくても、小さい頃からよく口にしていたスーパーのプリンは、懐かしさを引き立たせた。
芸能人に対してこんな手土産でいいのかと後悔しただったが、別に今回が初対面なわけでもないし、高級車を八台も所有してるにも関わらずコンビニ弁当を食すくらいの、金持ち感と一般感を持ち合わせた彼は、そこら辺のことはあまり気にしないだろうと、結局スーパーで買ったプリンを手に、家に訪れたのだった。それも拒絶されなかったので、安心したもスプーンを握る。

「おいしい」
「そっかそっか、それはよかった」
「最高」
「そこまで?」

パクパクと口を動かす、目の前の俳優兼トップモデルを見て、は座っていたソファから移動すると、向かいの幽の横に腰掛ける。そしてその頭を両手で乱すように撫でれば、食べ終わったカップをテーブルに置いて幽も負けじとの頭を撫で返す。

「くらえー!」
「ちょ、こそばい」

お互いぐしゃぐしゃになった髪型で、幽の髪って細くて綺麗だねー、なんて言っているの頭から手を離し腰へ移動させると、そのままぎゅうっと抱きしめる。



「…か…かす、か……?」
「変な意味じゃないから。日頃の感謝を込めて」

そういわれても、相手が相手なせいかの顔はだんだん赤く染まり、幽の胸で頬を紅潮させるは、どうすることもできずにじっとしていた。

「昔からありがとう―――

頭上から聞こえてきた言葉に、はこくこくと頷くと、幽がの肩に手を置いて、距離をおく。


「これ以上してたら兄貴が怒るかもしれない」
「今ここにいないよ」
「でも…さんのことになるといつも以上に怖いから」

短い間だったが、をすっぽりと腕に収めた幽は、もう昔の彼ではない。出会った当時中学生だった幽を、が手を繋いだり抱きしめたりしていたが、今では背も抜かされ、体格にもハッキリと男女差が出ていた。見守ってきた弟のような存在に、「大きくなったな!」と言うと、再度髪をわしゃわしゃと撫で回した。




幽寂閑雅