挙げるほどの特徴はないものの、昼時とあってかそれなりに賑わいをみせている店内。洋食を中心に取り扱っているらしく、それらしい外観は優雅な雰囲気が漂っていた。
数いる客の中、向かいあって座る一組の男女がいる。派手な格好をしているわけでもないので目立ちはしてないが、一見みれば恋人同士という関係に捉えられる光景であった。しかし、会話の内容や受け答えからして、そのような間柄ではないということが解る。そんな客の一組にすぎない男女は、今日という日ならではの一時をこの店で過ごしていた。


「本当に……恐れ多いっすよ…」

そう言って金髪の少年は、目の前にいる、自分よりか幾分年上の女性に軽く頭を下げる。

「正臣君らしくないなぁ。今日は遠慮しないで、奢りなんだからさ」

緊張を解きほぐすような口調と笑顔で、どこかぎこちなさが抜けない正臣の前に、はメニューを差し出す。


「本当にありがとうございます」
「なんでも食べていってね」

メニュー欄に載っているのは、パスタを主にしたもので、イタリア料理が豊富なようだ。デザートも充実している点を見れば、それなりに凝った店らしい。


「正臣君は何食べる?」
「…こういうとことかってあんまりこないので……。どれがいいでしょう?」
「正臣君の好きなものでいいよ」
「じゃあさんは何を頼むんですか?」
「んー……私は……ボロネーゼにしようかな」
「なら、俺もそれで」


店員を呼んで注文を済ませ、氷の入った水を喉に流し込みながら待ち時間を会話で潰す。きょろきょろと視線を世話しなく移し変え、いつもと180度態度が違う正臣に、が微笑みながら話しかける。


「緊張してる?」
「あ………はい。」
「いつも通りでいいよ。なんか私まで緊張しちゃうから」
「すんません」

常時ならヘラヘラして軽口を叩く彼なのだが、店の空気におされて、どうも堅苦しさが残ってるようだ。新しい一面を見たなぁ、と大人しい正臣を見ながら、彼を落ち着かせる為に、は話題を持ち出す。


「帝人君と杏里ちゃんとは、最近どう?」
「ああ、アイツらっすか」


普段から絡んでいる友人二人の名前を挙げた途端、正臣の顔は綻び、表情が穏やかになる。慣れ親しんだ名というのはそれほど安心できるものなのだろう。いつもより硬かった敬語もなくなって、喜々としながら口を動かす正臣の頭の中には、今、帝人と杏里が浮かんでることが容易に分かった。


「帝人の奴は相変わらずヘナヘナして奥手野郎だし、杏里は杏里で真面目で、それからなんと言ってもエロ可愛い!…俺なりに毎日二人と過ごしてて……超楽しいっすよ。今日も朝早くから祝いのメールももらいましたし、この溢れる幸せを俺は今、ここにいる客たちの前で語りたいくらいっすよ」

柔らかい笑みで日々のことを語る正臣に、もホっとして胸を撫で下ろす。ギャグを交えながら陽気に言葉を紡ぎ続ける正臣は、さっきまでの緊張感や余所余所しさも完全に抜けていた。


「相変わらずで何より。そっか、仲良くやってるんだね」

話の内容から、最近特に大きな出来事も変化もないらしく、3人で高校生活を楽しんでいるようだ。
正臣が一旦口を止めたところで、タイミングよく店員が料理をテーブルに運んでくる。フォークとスプーンと使って器用に麺を巻いて口に入れると、できたての熱々の温度が、ボロネーゼの味を一層引き立たせ、口内に溶け込んでいく。


「これ…おいしいっすね……!」
「私も久しぶりに来たけど、確かにおいしいよね」
「…頻繁に来てるんじゃないんすか?」
「うん。最後にここに来たの何年か前でね、でも味は変わってなくて安心した。ここ好きな所だからさ」
さんが好きなら、俺も好きっすよ」

上の一言だけを聞けば、愛の言葉とも聞こえることを言いながら、フォークをくるくると回して綺麗に巻かれたそれを口に運ぶ正臣。料理が美味な上に会話が弾む食事というのは素直に楽しいもので、無意識のうちに笑顔や笑い声が零れたのがわかった。

そして会話が途切れたその隙を見計らって、は今回最も言いたかったことを、また一つ大人になった正臣に伝えたのだ。



「お誕生日おめでとう、正臣君」




踏みしめる年月と共に


そう言うと、彼はこれほどないまでに嬉しそうに笑いながら「ありがとうございます」と返し、
帰り際にはの手の甲に優しくキスを落としたのだった。