罪ヲキザムコエ






園原杏里は、呪いの声を聞いていた。
己の右腕に収めた、妖刀・罪歌はただひたすらに人間への愛を囁いていた。
それこそまるで真夏の蝉のように、止むことのない『愛の言葉』は、杏里の体の中で響き続けている。




愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――私は人間を愛してる――愛してる。愛してる。愛してる。――人間という種族全部を!――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――どんな人間でも、分け隔て無く愛する自身が私にはあるわ――愛してる。愛してる。――貴方にはそんな自身ないでしょう?――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――本当は、そんな貴方も愛してあげたいんだけど――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――でも、だめ、駄目――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――あなたは宿主だから――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――だから、私が愛してあげる――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――あなたの分まで、人間を愛してあげる――愛してる。愛してる。――だから、あなたは私を愛して――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――あなたはもう、私無しでは生きられないでしょう?――愛してる。愛してる。――だから、愛して。そうするしかないわ――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――我が儘だっていうのは解ってる――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――だけど、止めようがないの――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――この想いだけは――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――この愛欲だけは――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――この高揚だけは――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――ああ、ああ!――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――教えてあげる――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――人間を愛せない貴方に教えてあげる――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。――人間がいかに素敵な存在なのかを――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛し愛し愛し愛し愛し愛し愛し愛し愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛―――――




普通なら発狂してもおかしくないはずなのだが、杏里の身体や精神に異常はなく、「支配されている」という言い方も間違ったものかもしれない。罪歌に完全に乗っ取られたわけではない。今も"蝕まれてる"という状態だ。自分が発狂しているかしていないか。そんなことはあまり考えないようにしている。杏里は、見ただけではそこら辺にいる、否、間違いなく美少女という分類に入る容姿をした、一般の高校生だ。"人間"の中に"異形"と呼ばれる自分が混ざり、共に生活をしていることにはそれほどの抵抗は感じていない。


これから先も永遠に響き続けるであろう罪歌の声を、罪歌自身を、いちいち気にかけていては日々も過ごせない。もはや自分の中で「日常」の一部になったそれは、ある意味杏里の一部でもあった。なので手放すということはできないのだ。宿り、常に主の中で愛を紡ぐ、妖刀・罪歌。そんな聞きなれた愛の言葉を今日も耳に入れながら、杏里は一人で夕刻の池袋の町を彷徨っていた。



家路を歩く親子連れが平日より目立つ中、休日を過ごす人々の一人である杏里は、喧騒から少し離れた場所で、罪歌について考えこむ。
こういう時くらいしか、何かに真剣に思いを巡らせるということができないので、"休日"というのは杏里にとって、事の整理をする為の大事な時間なのだ。外の空気を吸いながら何かを考えるのは、家の中に閉じこもっているより開放感がある。そんな理由から、特に当てもなくブラブラと町を歩くのは、この頃よくあることだった。




人通りもあまりない所で、自分の右腕辺りを中心として響く呪いの言葉に意識を集中させる。しばらくは、相変わらず「愛してる」の一点張りだったが――――急に罪歌の声から感喜があがり、今まで以上に興奮した声で、「愛してる」以外の単語を響かせた。



―――静雄、静雄がいるわ――――!
―――静雄、ああ、静雄静雄静雄静雄静雄静雄平和島静雄――



杏里が辺りを見回すと、確かに、金髪にバーテンダーというお馴染みの格好をした平和島静雄が視界に入る。しかしそれと同時に、違う人物が目を捉えた。ただの通行人だったならば気にとめていなかっただろうが、静雄と向かい合う形で立っており、それも楽しげに話してるものだから、目が行くのはごく自然なことだった。


―――ねぇ、あの女は何?
―――静雄と親しげに喋っているあの女は、誰?


そう問い掛けてきた罪歌の声は、気づけば冷淡なものになっており、静雄の名を呼ぶ時とは打って変わっての激しい差が出ている。


「あれは……」


杏里の居る位置からは後姿しか見えないものの、様子や身形から、すぐに誰だかということが解った。


さん……」


そもそも静雄と、あそこまで打ち解けて話せる女性というのは、彼女くらいしか浮かばない。杏里が呟いた名前に、罪歌は先刻よりも怒りの混じった声で、刀という自分の身に刻みつけるように、その名を発する。


―――……
―――、ね。
―――ねぇ、あの子も愛しましょう?
―――あの子も私の子にして、愛するの
―――ねぇ、斬りましょう?


「……ッ!」


右腕から出かかった罪歌を押さえながら、杏里は必死で首を横に振る。



「だめ……です、あの方は……」


―――あの子は?


「私の大事な人の一人だから……」


―――大事?なら、余計愛せばいいじゃない


「………だめ」


―――それに、あの子がいたら私が静雄に近づけないわ


「……ぁ」


―――ねぇ、静雄はあの子のことが好きなの?


「…………や、」


―――……なら、尚更よね


「…やめて………」


―――尚更、愛さなくちゃいけないわよね?




次の瞬間、杏里の腕から銀色の日本刀がその姿を現した。罪歌は――という人間に、愛情を抱く裏で、黒く汚れた嫉妬の念を燃やす。



そして杏里の身体は―――――――風を切っていた。