※妄想デイズに引き続き、狩沢と遊馬崎が好き放題妄想してます
「おっせえな……あいつら」
狩沢と遊馬崎が書店に向かってからすでに30分が経っていた。
「買うものは決まってるからすぐ帰ってくるねー!」という台詞はどうやら嘘だったようだ。車内で待ちぼうけを食らう門田と渡草は、ただ二人を待ち続ける。
二人が入っていった書店は、どんな種類の書物でも揃っているほどの品揃えのよさで店内はかなり広く、それゆえにわざわざ探しに行こうとは思わなかった。携帯に電話をかけても「あとちょっと!あとちょっとだけいいでしょ?」と、時間の延長をせがんでくるだけでこちらの言うことは聞こうとしない。全く呆れたものである。
適当に目を通していた雑誌を見終え、元あった場所に戻そうとした丁度その時。門田の携帯の着信音が鳴り響いた。画面に表示された「遊馬崎」の文字を見て電話に出る。
『門田さん!門田さん!門田さん!!』
「おま…っ、いきなりなんなんだ」
あまりに声のボリュームが大きいので門田の隣にいた渡草にもはっきりと聞こえたらしい。耳から少し携帯を離して会話をする。
『今、本屋を出たところなんですが……目の前にいるんすよ!』
「誰がだ」
『さんと臨也さんと静雄さんが!3人で!』
「別にめずらしくもねーだろそんなの。それより目当ての物は買えたのか?その……俺の妹がなんたらかんたらってやつ」
遊馬崎の興奮を、冷ますような口調であしらい、今回の本題であることをたずねる。
『それがねー、買えたの!4件目にしてやっとだよ……。メイトも売り切れだったからこうなるんだったら最初から予約しとけばよかったって後悔してて…。今度からは絶対発売日に店に行かなくちゃ。』
『俺なんか今週だけで俺妹の7巻を買いそびれる夢を2回みましたからね。』
『やっぱりアニメ放送中で絶好調な時期だし、便乗して原作読み始める人が結構いるから……みんな新刊のチェックも早いよう』
交互に喋る狩沢と遊馬崎の調子はすっかり元に戻っていた。
「ここの本屋にもなかったらどうしよう……」と、ネガティブなオーラを漂わせていた数十分前の姿はない。
「買えたんなら戻ってこい。用は済んだろ」
『何言ってるんですか門田さん!これからあの3人を尾行して実況するつもりなんすから』
「実況?」
『そうそう。ちゃんと臨也と静雄が3人でどこに行って何をするのかを、今から生実況するから。ドタチンも聞きたいっしょ?』
「いや……、それでもし見つかったらどうすんだよ」
『絶対見つからないようにするの!ふふふ……なんだか探偵の気分だわ』
こうなってしまってはもう二人は止められない。とりあえず好きなようにさせて飽きるまでほおっておくのが一番だ。しかしここで電話を切ると、拗ねるうえに後々うるさく言われそうなので通話は続ける。最初の一声以降も遊馬崎たちの声はダダ漏れだったらしく、話を聞いていた渡草も興味をしめして聴く体勢をとっている。
「おもしろそうだから切るなよ」
「お前もなぁ……」
やはり人の恋路というのは気になるものなのか。
実際のところ門田もと臨也と静雄のことは少し気になっていたので、大人しく遊馬崎と狩沢の実況とやらに耳を貸す。
『あー!う、腕組んだ腕!ちゃんが両側にいる二人の腕を……!照れる臨也と静雄の気も知らずに純粋に笑うちゃんが想像できるわ……。これはおいしい』
『俺、臨也さんが照れたとこって見たことないんですけど、あれも一種の強がりなんですかね?』
『表に出さないだけで内心ではちゃんの一つ一つの仕草にドキドキしてるに決まってるでしょ。……うひひ、ヤバイヤバイ妄想が広がる』
「うひひってお前……ただの変態だぞ自重しろ!」
『べつに誰も見てないからいいじゃん』
「一応街中にいるってことを忘れるな」
今さらこの二人が自重できるとは思ってないが、オープンすぎるのも少し困りものだ。ちょっとは周りの目にも気を配れと言いたい。
『ねえねえ、腕まで組んじゃうってことはもうデキちゃってるんじゃないの?3人とも』
『さんが二股……!?…いや、違いますねこれは。二股じゃなくて二人とも愛してるんですね!』
「だからそれを二股っていうんだよ」
『でもちゃんはどう見ても悪女にはみえないんだよねぇ。どっちとくっつくにしろスクイズ的展開にならなきゃいいけど』
『ちょ……!不吉なこと言わないで下さいよ狩沢さん!第一、さんは臨也さんと静雄さんの心を弄ぶような人じゃないですし、何よりそんなエンドみたくありませんよ……』
これは実況というより好き勝手ベラベラと喋っているだけではないだろうか。いつもと何一つ変わらないそのトークの内容は、相変わらず独特の濃さがでている。
つくづくオタクとは恐ろしい存在だ。なにが恐ろしいかって、二次元への愛や素晴らしさを説いているときや趣味の世界に入り込んでしまった時はもう無双状態だ。むしろ止められる奴なんているのか?と、門田はたまに真剣に考える。オタクに限らず、何かしら夢中になれるものがある人はそれぞれの世界を持っており、一般人がとても踏み込める領域ではない。
その中でも狩沢と遊馬崎は上級者レベルに入るだろう。
『私としても平和に関係が続くことを願うね。友達以上恋人未満の今の状態が最高ってことにかわりはないけど』
『にしてもどこに行くんでしょうね?ラブホだったら俺得』
「おい」
『3P?3P?』
「お前らもうそこらへんで……」
『こうなったら最後までついていくしかないっすね!』
「角曲がったよ、追おう!』
暴走モードの二人の耳に注意の声など入るはずもなく、ついに門田は口を閉ざした。
―――いっそ見つかっちまえばいいのによ。
零れた溜息は当然狩沢と遊馬崎に届くことはなかった。
『ん?あれ?待って、こっちの方向ってもしかして……』
「…さんの家に行くつもりなんでしょうか?』
『……えー!?家の中で3人でお楽しみ!?』
『さすがに家までつけていって覗きはできませんね……てっきり外デートかと』
『むむぅ……仕方ない。今日はここまでとしよう』
『今回の収穫は腕を組んでる場面のみでしたねー……』
『日本は早く一妻多夫制を取り入れるべきだわ』
「おーい、お前たち終わったんなら戻ってこいよ。そろそろ車も移動させたいからよ」
『渡草っちー、あの3人が可愛すぎて私は萌え死にしちゃいそうなんだけど、どうしたらいいかな?』
「そこらへんで悶えときゃいいんじゃね?」
***
「さんたちは今頃家でなにやってるんでしょう」
「ゆまっち、それは察してあげなきゃ」
後部座席で買ってきた本を読みながら、かわらずたちの話をするオタクコンビ。
二人の脳内で毎回好きなように遊ばれてると臨也と静雄に、門田が同情しないわけがなかった。
―――ご愁傷様ってとこだな……。
「あああああ……!黒猫がそんな……まさか……っ!」
「きょ、京介!お前ってやつは……!」
「本くらい静かに読めねえのかお前らは」