「……ッ……ごめんなさい……!」


毎回決まって、口から出てくる言葉はそれだった。

激しい痛みに耐え、怯え続け、彼女の体はすでにボロボロだった。 体につけられた無数の切り傷の中には、真新しいものもあり、鮮明に色づく血液がの白い肌を染めていく。助けは来ない。悲痛な叫びも誰かに届くことはない。外の世界と完全に遮断されている部屋は息苦しい他なく、壁には所々赤い斑点が模様のように散っていた。そして今日もまた一つ、また一つ、と数を増やしていくのだ。



「逃げようとしたよね?」


の首元にナイフを突きつけながら、低い声で尋ねる。「ごめんなさい」としか言わないを睨み、刃をやわらかい肉に食い込ませる。傷口から流れてくる血を舐め取ると、の体は敏感に反応し、痛みからなのか、苦しみからなのか―――はたまた別の感情からなのか。儚げな瞳からは、とめどなく涙が溢れだす。


「信じてたのに。はそんなことしないって。絶対にしないって。なのに……」


臨也にとって今のは"憎しみ"の対象でしかなかった。しかし、それもやはり歪んだ愛情からきたもので。愛してるからこそ憎い。愛してるからこそ傷つける。周りから異常だと言われようが、これが嘘偽りない臨也の愛の形だった。


「……でも、今回は俺の方にミスがあったし、を一方的に責めるのは可哀想か」

無意識の内にの首を絞めていた手を緩めると、咽せ返るの唇を強引に塞ぐ。


「ねえ、はずっと俺の傍に居てくれるよね?」


次に耳元でそう囁くと、は必死に首を縦に振って頷いた。
逆らうことなんてできないのだ。もしここで否定してしまったら……―――下手をすれば殺されかねない。
臨也の機嫌を損ねないように。臨也をこれ以上狂わせないように。言うことはなんでもきいてきた。要望には答えてきた。逃げられないことだって分かっていた。
けれども―――。



臨也が家を空けた際に、彼にしては珍しく忘れ物をしていった。
いつも持ち歩いている折り畳み式のナイフだ。常にジャケットのポケットの中に入っているはずのそれがの部屋に落ちていたものだから、疑問に思わないはずがない。多分気づかないうちに落としてしまったのだろう。偶然とはいえ、自分の部屋に置いていかれたそれを見て――――は普段なら絶対しないであろうことを実行する。


太くもなく、かといって細いわけでもない、首に繋がれた鎖を切ろうとナイフを手に取ったのだ。女性の力で、その上全身傷だらけの弱りきった体では、硬い金属を切り裂くのは不可能に近かった。そもそも小型ナイフで鎖を切ること自体、無理な話だったのかもしれない。


このことはすぐ臨也にばれてしまい、自分の傷が増えるだけの悲惨な結果になってしまった。




「じゃあ、もっと丈夫で綺麗な首輪、買わないとね」


さっきとは打って変わっての手つきでの頭を優しく撫で、包み込むように抱きしめる。大事な大事な。だけど、時と場合によっては、憎くも恨めしくもなる存在。
は臨也だけのもの。臨也も、だけのもの。




黒と赤。