「誕生日プレゼントねえ……」
「はい!ぜひ波江さんからもアドバイスをいただけたらなと……」
in家主のいない自宅兼事務所のマンション。真剣な面持ちで、が波江に相談を持ちかけていた。その題目はもちろん、『臨也の誕生日に何を渡せばいいか』である。本日5月4日の主役は外にほっぽり出して、波江と二人だけになったのを注意深く確認した後、さっそく悩みごとを打ち明けた。
「何か候補はないの?」
「いちおう……お菓子はつくってきてるんですけど……」
そう言っておずおずとが取り出したものは、お手製のパウンドケーキとクッキー。お洒落にラッピングされた箱に入っているそれは、形は少々曲がってはいるものの、手作り感たっぷりで愛情がこもってるのは確かなものだった。
「よかったら、お一ついかがですか?」
「いいの?」
「はい。……味の意見もききたいので」
「じゃあ、いただくわ」
一つ、クッキーを差し出された箱から摘み、口に運ぶ。
「……おいしい」
「ホントですか!?」
「ええ。さっぱりしてて口にも優しいわ」
甘さの加減も丁度良いわ。
波江が素直な感想を述べると、「よかったー……」と肩の力をぬいて脱力する。そしてきょろきょろと辺りを見回し、急いで箱を片付けると、話の本題に戻る。
「波江さんなら……どうですか?誕生日に、その、お菓子とかもらったら……」
「嬉しいわよ。貴方みたいに一生懸命作ってくれたのなら、尚更」
「え、い、一生懸命なんて……!」
「あら、違うの」
「……ちっ、違いませんけど……」
顔を赤くして俯いてしまったを眺め、ちょっといじりすぎたかと反省するかたわら、内心波江はの新鮮な反応をみて楽しんでいた。このまま追い討ちをかけるのもよかったが、相談を受けている身として心を改め、話を進める。
「何を躊躇う必要があるの?手作りのお菓子なんて、プレゼントとしては最適な選択よ」
「……でも、」
「ケーキとクッキーなんて十分なくらい」
「……そうですかね……」
味は完璧だった。見た目だって悪くなかった。時間をかけてレシピと睨めっこしながら、臨也を想って作ったお菓子だろう。欠点が何一つとしてみつからないこのプレゼントに、は何故納得がいかないのか。波江にとっては不思議でならない。
「……なら、」
「?」
「いっそのこと、貴方がプレゼントになればいいじゃない」
「えっ?」
「ほら、『私の身体がプレゼントよ!』って……」
「なっ……!そ、そんなことできるわけなななないじゃないですか!!」
「いい案だと思ったのに」
「絶対おかしいですって!」
波江の衝撃の発言に、声を荒げてが反対する。まだ落ち着きを取り戻せない彼女にたいし、
「リボンくらい巻いてあげるわよ」
と、怪しい笑みをつくる波江。
「いや、いいいいいいいです……!」
首と両掌を振り、遠慮のポーズをとって必死に否定を続けるトマト化したを横目に、ケーキとクッキーが入ってる箱に視線を移しかえると、溜息と共に疑問を吐いた。
「……なんで、これじゃ駄目なわけ?」
「え」
「さっきも言ったように、十分だって私は思うの。なのに……」
「……自信、ないんです」
ぽつり、と落とされた声に、波江の口がとまる。
「私、その、お菓子とかあんまりつくったこととかなくて……。特にケーキは本格的につくったの、今回が初めてで……事前に練習しておくべきだったなって後悔したんですけど…もう遅くて。だから、臨也に気に入ってもらえるか心配で……もし、口にあわなかったら……」
「なに、そんなことなの」
「!そんなことって……!」
「あいつが貴方の作ったものを拒否?ありえないわよ。味も良いし、文句のつけようもない一品だったじゃない。そうやって考えすぎるからいけないのよ。いつまでたっても前に進めない。ちょっとは自分に自信、持ってみたら?」
「…………」
―――キツイ言い方になってしまったかしら……。
元々押しに強くない子だ。
目を伏せて服の裾をぎゅっと握ってる仕草からして、泣くのを我慢してるのだろうか。もっと柔らかくいってあげればよかったか。
しかし、そんな波江の不安は杞憂に終わる。
「ですよね!」
ばっと顔を上げたは、迷いを振り払った目で真っ直ぐ前を見、
「今までうじうじしててすみませんでした。……私、もっと胸張ってみようと思います。だからこれも、臨也に、渡します」
堂々の宣言をした。
その変わりっぷりに面食らった波江だが、表情を整えると、最後に一言だけ、の背中を押す言葉を紡ぎ出した。
「頑張って」
踏み出した一歩
心の準備ができたらしく、携帯で臨也を呼び寄せるの様子を観察した波江は、やがて臨也と入れ替わる形で仕事場を出て行ったのだった。