「追い出されたと思ったら、今度は戻って来いとの連絡。……やれやれ忙しいね」
「ご、ごめん……」


電話で『帰ってきて』との用件を伝えると、5分もしないうちに戻ってきた。どうやら近所をふらついていたようで、故に早く来れたのだという。呆れ口調で肩を竦めながらも、声のトーンは弾んでおり、怒ってはないことが分かる。
まるで、プレゼントをまだかまだかと待ちわびる子供のように。
邪悪さが抜けた笑顔でにこにこと微笑まれたのなら、疑わずにはいられなかった。


「……私と波江さんの会話、盗聴してた?」


臨也ならやりかねない。そもそも相談場所が彼の家だったのだ。どんな仕掛けが設置されていてもおかしくない。


「してないよ」
「本当に?」
「そんなに俺が信用できないかい」
「うん」
「……なんで?」
「臨也だから」
「理由になってないよ」


どれだけ問いただしても、きっと「しました」とは言わないだろう。「してない」のが事実なら問題ないが、もし嘘を貫き通しているなら、あの会話を終始きかれていたのなら―――もう、穴があったら入りたい気分だ。普段面と向かっていわないことも言ったはず。


―――やっぱり、波江さんをうちに呼ぶべきだったかな……。


しかし、過ぎた時間はどう足掻いても取り戻せない。



「なんか良い匂いがするね」
「え、あっ、」
が来るまではなかった匂いだ」


演技がかかってるような、かかってないような口振りで。
突然話題を変えてきたものだから、も上手く対応できずに、曖昧な二文字が咄嗟に零れた。
波江に味見してもらったとき、箱を開けた際にお菓子の匂いが部屋中に充満したのだろう。臨也はそれを指摘している。どう行動を起こそうかと戸惑っただが、波江にもらった応援の言葉を思い出し、一度小さく深呼吸をすると、甘い香りを放つそれを、ゆっくりと臨也に差し出した。



「……誕生日のプレゼント。……受け取ってください」


緊張のあまり敬語が飛び出る。腕も微かに震え、手に汗が滲む。
―――たしか、数年前にも似た出来事があった。高校一年生の時の、バレンタインデーだ。一対一ではなかったが、かなり勇気を要したイベントだった。普段通りの接し方というのが、こんな場面ではなぜか発揮されない。どうしてもかしこまってしまって、堅苦しい感じに始まり、終わってしまう。今だってそう。


「……


名前を呼ばれるだけで、身体が縮こまる。短い沈黙も、長く感じる。


「これ、がつくったの?」


渡された箱の中身を確認した臨也が尋ねる。


「……」


は何も言わず、一回、こくりと頷いた。




「ありがとう」


お礼とともに臨也が返したのは、頬へのキス。
ボン!と音でもたてそうな勢いで一気に赤く染め上がったは、もはや反射能力とも言うべき、


「べ、別に……一生懸命つくったとかじゃないから!きまぐれだから!」


見事な典型的ツンデレを披露した。
が臨也の前で素直な態度をとらないのは、周りの人間なら誰しもが知っている特徴である。の頭を撫でて「あいかわらずだね」と宥める臨也も、それを承知の上だ。



「……で?」
「え?」
「『私の身体をプレゼントよ!』な展開はないの?」
「あ、あるわけないでしょ!」




愛の詰まった贈り物


の手作りお菓子はもちろん臨也の口にもあいました。