「『は普通に女の子の中に居る方がいいのかもしれない』」
「……え」
「『今も僕と居るより、ああやって同級生の子たちと過ごす方をは望んでるじゃないの?』」
「……!」
「そう言いたいんでしょ」
新羅の一挙一動は実に分かりやすかった。誤魔化し方もあからさまで顔を引き攣らせ、今に至っては目を大きく見開いてなんともいえない表情を顔面に露にさせている。それも無理はない。考えていたことを意図も簡単に当てられ、口に出されたのだから。そもそも新羅自身は自分の言動が相手にとってどんなに読み取りやすいか、というのを理解していない、というか自覚がないのだ。だから新羅にとって、に心中を当てられたというのは驚き以外の何物でもない。ふと、脳内に浮かぶのは、一人の友人。人間観察が趣味で他人の思考を簡単に見透かしてしまう、折原臨也。今のは臨也を十分に彷彿とさせた。
「……なんで分かったの」
「新羅が分かりやすいんだよ。今のは寧ろ分からない方が可笑しいんじゃない?」
さらっと言い放ったに、重い沈黙は完全に解かれ、常時の調子を取り戻した新羅は次は自分から声を発する。
「…僕が考えていたことはの言ってる通りだよ。………君の声が聞きたい。は今の日常をどう思ってるんだい?」
「…………一言でいっていい?」
「うん」
「楽しい」
「……本当に一言だね」
迷うことなくの口をついて出た言葉は、真っ直ぐ新羅に向けられた。勢いは感じられず、でも嘘だと疑いを持たせるものでもない。微笑みを浮かべるは、新羅の不安を取り除く為に更に言葉を続ける。
「さっきも言ったでしょ。臨也も静雄も京平も新羅も周りに居てくれるから私はそれでいいんだよ。確かに偶には…女の子とも絡みたいなって思うことはある。けど、この今の日常が無くなるならそんなことは願わない。私は今が一番好きだから。……それに」
「……?」
「今から新羅が"セルティ"さんに会わせてくれるんでしょ」
「岸谷」と書かれた表札が張ってあるドアの前に立って、見えるはずがない家の中を覗くようにして背伸びをする。新羅もの横に立ち、ドアノブに手を掛ける。
「セルティが女性だってことは言ってたっけ」
「新羅がいつもキレイだとか美人だとか言ってるから女性ってことくらいは分かってる」
「……入る前に、一ついいかな」
「どうぞ」
「変なこと言うようだけど……」
一度ドアノブから手を離し、と向かい合って、真剣な表情で今回最も伝えておかないといけないことを告げる。
「―――――――……セルティは、人間じゃない」
「知ってる」
「うん。……え、…え?……えええええええええ!?」
涼しげな顔をして間髪を入れず答えたは、新羅の告白を滑稽と捉えることもせずに淡々と返した。人間じゃない、と次元を超えたことを口にされたのにも関わらず真面目に受け取ったと、驚愕の声を上げて瞬きを繰り返す新羅。マンションの通路とあってか、今の新羅の声はかなり響いたことだろう。近所迷惑になってないかな、と話とは全く違うことを考えるは、しかし次の瞬間新羅に肩をつかまれ、目の前のことに意識が戻る。
「なんで!?え、なんで知ってるの!?知ってるならなんで『どういう人なの?』とか聞いたの!?」
「ちょ…と、落ち着いて」
肩に置かれてる手には力が入っているため、少しの痛みが走る。新羅は焦ってる所為で力を込めてることに気づいていないが。
「その時はまだ知らなかったんだよ。でも、ここに来るまでに"セルティ"さんのことについて色々考えてるうちに、もしかしたら"セルティ"さんって首が無い人のことかなって思って……」
首が無い人。その言葉を聞いて新羅の動きが止まった。
はセルティに会ったことはないし、他人の口からセルティの首についても聞いたことはない。なので勿論が知ってるはずもない事実なのだが――――新羅がその事実を喋る前に、は自分からセルティの首のことを指摘した。
「……どういうこと」
「あれ、ひょっとして新羅って気づいてない?」
「…何が」
「日々自分が"首無し"について語ってるの……自覚ないの?」
「セルティには首から上が無い」
このことを直接聞いたことはないが、新羅が"首無し"を語るのは日常茶飯事で、おまけに女の子をフる時は、『君には首から上があるだろう』と言って切り捨てる。"首"と"セルティ"のことを喋る時の新羅は活き活きとしており、なので日常から聞く"首無しの人"と"セルティ"がの中で重なるのは容易なことだった。
それを新羅に話すと、納得したように首をゆっくりと縦に振る。
「…間違ってないよ」
「あ、やっぱり」
「でも……さ、君はそのことに対して何か感じることはないのかい」
「ん、何が」
「……セルティには、首が無いんだよ」
「それが?」
あまりにも堂々としたに恐怖心は一切見られず、思わず新羅は苦笑を漏らす。
「常識を超えた存在なんて案外いるもんだよ。高校に入ってからそれを知らされたし」
「……君が臨也や静雄と上手くやっていけてる理由が解った気がする」
「それはどーも」
対応こそ慌てずに冷静を保っているものの、の内心は自分への驚きでいっぱいだった。
"首が無い"
それを聞いたら、誰でもホラーの類を想像し、恐怖するだろう。だが、はセルティを幽霊などとは捉えていなく、"人間"として見ていた。確かにその存在は非現実的なものかもしれないが、新羅の話を聞く限り、セルティは意思疎通がしっかりできる人だと分かっている。ただは、自分の適応力の高さに驚くだけで、"怖い"という感情は全くといっていい程なかった。
「ある意味君はすごいよ。僕から国民栄誉賞を送りたいくらいだ」
「ありがと」
尊敬に近い何かをに向ける新羅は、意図もなく息を吐いた。それは安堵からくるもので、がここまで広い考えを持っていたということは予想外だったが、怖がられるよりは断然いい反応だ。そして、その時を待っていたかのようにドアが静かに開けられ―――――――
『……あの、』
家の中から、黒いライダースーツとヘルメットを身につけたセルティが顔を出した。
「セルティ!」
「え……セルティ、さん?」
『ごめん。実はずっと玄関で二人の話を聞いていたんだ。新羅の大きな声が聞こえたからすぐ出ようと思ったんだけど……。なんか二人の会話の間に入っていきにくくて、……盗み聞きだよな、ゴメン』
「そんなことないよ!寧ろ話が早いじゃないか!もう知ってると思うけど、セルティ、この子が君の会いたがってたさん。はセルティのことを分かってくれてるんだ」
『ああ。……えっと、ちゃん』
「…はい……!」
『こんな所で立ち話もなんだし、入ってよ』
新羅が抱きついてくるのをかわし、を家の中へ招き入れるセルティ。予想通りに広い室内は、二人暮しには勿体無いほどで。綺麗に掃除もされていて、閑雅な雰囲気にはやはり高級という言葉が似合う。
『そこに座ってて』
「あ、はい」
イスに腰掛けたの前に、間もなくセルティの淹れた紅茶が置かれ、有り難くそれを啜る。
セルティと新羅はと向かい合う形で正面に座り、直後、セルティがPDAに指を走らせ、新羅に向けて突き出した。
『新羅、お前はちゃんの横に座れ。私たち二人が正面にいるとちゃんも緊張するだろ』
「……そうだね、分かった」
新羅が席を移動しての隣に腰を下ろし――――セルティは、やっと対面を果たした相手を前に、PDA上に文字を綴らせた。
『私はセルティ・ストゥルルソン。ちゃん、―――――初めまして』
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