「、初めまして」
向けられたPDAに並ぶ文字を見て、もまずは初対面の挨拶を口にする。慣れた手つきで素早くPDAに指を這わせるセルティは、すぐに次の文章を打ち出す。
『ちゃんのことは、前から新羅に聞いてた。それでずっと会ってみたいなって思ってたんだ』
「あ…ありがとうございます」
軽く頭を下げると、その間にもセルティは指をPDA上に躍らせ、新たな文字を表示させたそれをの目の前へ差し出した。
『さっきの新羅との会話も聞いた……。だから解ってくれてると思うが、改めて言う。……私には首から上がない。だから今も、ヘルメットを被ってる』
「…はい」
『……怖くないのか?』
私のことが。
幾分か落ちたスピードで文字を綴り、おずおずとにPDAを見せたセルティは、からの言葉を待つ。
目の当たりでされた質問に、は今回初めてセルティ・ストゥルルソンという存在を視界の真ん中に据えた。ヘルメットの中はひたすらに黒一色で、そこから視線のようなものは感じられない。本当に彼女は首から上が無くて、ヘルメットの中は何も無い空間が広がっているんだろうか。目も鼻も口も耳も無ければ、勿論それらを集める顔だってないはずだ。けれどセルティはしっかりと周りも見えているし、声だってちゃんと届いている。
だからこその中で疑問が湧き上がった。人外といっても、妖怪等の化け物らしい姿形をしているわけでもないし、幽霊のようにどこかが透けていたり地面に足がついてないということもない。
彼女はただの人間だ。
たとえ首から上があるはずの場所に無くても、普通に会話をすることができる。言葉を交換することができる。
―――なんだ、普通にいい人じゃんか。
それを畏怖し、拒絶する理由がどこにある?
体の一部が存在していなくても、彼女は障害なく人間と接することが可能だ。言葉が通じないただの化け物なんかじゃない。
にとって、目の前のセルティという人は、一人の人間に他ならなかった。
「」
新羅に名前を呼ばれて肩を叩かれ、考えごとの世界から現実へと引き戻される。
「ごめんなさい……少し考えてて……。…あの、セルティさん」
『なんだ?』
「私は…セルティさんのこと、怖いなんて思ってませんよ」
『……何故?』
「貴方が人間だからです」
迷いはなかった。既に言うことは決まっていたからだ。当たり前の如く、セルティはの発言を即座に理解することはできなかった。そんなセルティに、は自分がどう"セルティ"を見ているかを、全て話した。
そしてそれを聞いたセルティは――――まるで氷づけにされたかのように固まってしまう。
黒い黒い影の中。機能していない臓器を持つ体の中。
ゆらり、と彼女の"影"は揺れた。
もはや人間に拒絶されるのが当然のことで、怖がりもせず受け入れてくれた人なんて片手で数えるくらいだ。
"首が無い"
それだけで、一体今までどれだけの数の人が自分を見て青ざめたことだろうか。化け物と言われ恐れをなされ、アイルランドを離れた今、人間達と同じ所で人間達に混ざって生活を送るのはそれなりに大変なことだった。
セルティにも感情はある。怖がられて変な噂を立てられるのも、もう慣れたことだが――――寂しいという気持ちが、少なからず心の中にあった。いつもヘラヘラしてても、自分をまともに扱ってくれる新羅が傍に居たからこそ、なんとか孤独というのにはならなくてすんだ。明確な当てもなく、毎日首を求めて町を彷徨う日々を繰り返すうちに、デュラハンとして活動していた頃にはなかった感情が芽生える。
自分は、女性だと。
新羅と一緒に居るのもそれはそれで楽しいものだけど、外へ出るたびに見る、同じ"女性"という分類の人たちで親しい間柄の人間はいない。別に人並みの幸せや日常を望んでいたわけではなかった。――――でもそれは、ただの強がりにしかならなくて。
"首"のこと以外で初めて心の迷いに直面したセルティは、異性の新羅相手では吐き出せない本心を一人抱え込んだまま――――――ある日、唐突にその話を聞かされる。
「僕の高校の同級生で仲がいいっていう子がいるんだけど、その子がまた色々と凄くてねぇ。なんと!あの臨也と静雄の喧嘩を間に入るだけで止められて、……まぁ以外がやったら自殺行為にしかならないんだけど。おまけに毎日一緒に居る仲なんだよ。ある意味が一番最強だって僕は思うんだけど、セルティはどう思う?」
ほんの些細な、日常の中の一つの会話にすぎなかった。
初めて""という人間のことを新羅から聞いたときは、『そんな子もいるんだな』程度にしか考えなかったものの、度々臨也と静雄と一緒に出てくるその名前は、いつからか聞きなれたものになった。
気づけば、新羅の高校での日々の話を聞くのが楽しみになり、日を重ねるごとに強くなった気持ちを、ついにセルティは新羅に打ち明けた。
『私、その""って子に会ってみたい』
その子なら、もしかしたら自分という化け物のことも受け入れてくれるんじゃないか。僅かな希望を持ち、――――今日。
ずっと話をしてみたいと思っていた""という少女は、自分が想像していたよりも広い考えを持っており、あろうことか妖精という生き物のセルティを躊躇い無く受け入れた。
「貴方が人間だからです」
言われたこともない言葉。言われることも予想していなかった言葉。
最初はただただ驚くだけで、でも、"首が無い"という自分を快く認めてくれたことに、嬉しさが溢れる。
「ありゃ、セルティ固まっちゃってる」
「…なんか変なこと言っちゃったかな……、私」
「いやいや、そんなことないよ。…おーいセルティー」
「今日は新羅もそうだし、みんなぼーっとしてばっかりだね」
笑みを零したに、セルティが反応し、手に持っていたPDAに文字を打ち出した。
『ありがとうちゃん』
「え?」
突然のお礼の文に、はすぐに対応することができず、一言だけが漏れる。
『こんな私でも怖がりもせずに普通に接してくれるなんて……。ありがとう。本当にありがとう。…すっごく嬉しい』
「セルティさん……」
何度もありがとうと書かれた文章に、は小さく照れる。その横では新羅がセルティを不思議そうな目で見ており、顎に手を当てて、セルティの顔ならぬヘルメットをまじまじと見ながら、呟くように口を動かした。
蠢く黒の心