4月といえば今までの生活が一変して、新しい一年が始まる時期。


中学の卒業式を終え、無事志望していた高校にも合格し、新しい制服に身を包んで入学式に臨んだ。来神高校指定の制服を着用している新入生がほとんどの中、ちらほらと私服を纏った者も目に映る。服装にしろ生徒たちが身につけている物は多種多様であり、基本的にその点は自由なようだ。スカートの長さ一つで口煩く言う学校と比べれば、来神の在学生たちは厳しい校則に縛られず、のびのびと学園生活を送れているのだろう。

皆が皆各地の中学校から来ているとだけあって、見知らぬ顔が目立つ。自分が知ってる人なんか片手で数えるくらいしか見当たらない。これからこの学校でうまくやっていけるのか、友達はできるのか、勉強にはついていけるのか。多くの不安が頭の中を駆け巡り、式中はずっと緊張の一点張りだった。

しかしそんな気持ちとは反対に、新しく始まる高校生活に少しながらの期待も抱いていた。文化祭や修学旅行などのイベント行事、ここで出会う新しい友達たちと過ごす日常、そして青春の代名詞、恋。先輩や同級生の中にかっこいい人がいたらいいなぁ、と考える女子は多分だけではないはずだ。



渡されたクラス分けの表を見て、自分のクラスを確認する。やはり全然知らない名前ばかりが並んでおり、の不安はより大きくなるばかりだ。それでも、同じ中学出身で顔見知りの何人かが一緒のクラスだったので、ほっと安堵の息を吐く。自分と同じクラスになった生徒の名前を見ていっていると、ふと、か行に入った辺りで目がとまった。


「……しんら……?」


「岸谷」という苗字に、当て字でなければ「しんら」と読むであろう、見ただけでは性別が特定しにくい名前。


「変わった名前……」


珍しいと感じただけなのでそれ以上は気に留めず、少しでも他の新入生の名前を覚えておこうと、担任教師も含めて何度も表を見直した。




何の変哲もなければ、特別目を惹く特徴もない、ありふれた学校。
まさに一般的であり、それが普通。不良が多いとも聞かないことから、穏やかな高校生活が待っているはず。
を含めた新入生、2・3年の生徒達、教師陣、誰もが当たり前に"日常"がスタートすることを信じて疑わなかった

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―――

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――――――――――――その瞬間に、"日常"は終わりを告げる。





机。―――机がどうした?
飛んだ。―――どうやって?



人の手によって。



飛んできた。説明するならこの一言で十分だろう。
式で使われていた長机は地を離れ、数秒間のあいだ宙を舞い、最終的には大きな音をたてて再び地面へと身を置いた。否、叩きつけられたといった方が正しい。―――もっとも、投げられる前と後では酷く形が違ったのだが。

脚が折れ、衝撃が強かったせいで真っ二つになった"それ"。
いきなり机が飛んできて自分たちの前で破損したなど、そんなぶっとんだ出来事が簡単に呑みこめるわけがなくその場にいるたちの時間が止まる。
が、これは見間違えでも、幻覚でも、はたまた夢でもなく、現実だった。


机が投げられた方向から、短ラン赤シャツの細身の少年が姿を現す。軽やかな足取りで破壊された長机に近づき、にたりと笑うと、誰かに向かって声をあげた。



「こんなの投げるとか化け物でしょ……。ねえ、もしかして君ってさ、人間じゃなかったりする?――平和島静雄君」


からかい交じりの相手を嘲るような喋り方はそれだけでも不快感を生み、第三者にも良くうつるものではない。のだが、の中で悪印象には残らなかった。


―――あ、かっこいい



理由は一つ。その少年が「眉目秀麗」という四字熟語をそのまま具現化したような綺麗な容姿をしていたからだ。格好は典型的な不良といったところだが、ピアス等はしていなく、髪も生まれつきの黒髪で従来のチンピラを彷彿とさせるものではない。どう見ようと完璧に美少年の部に入る顔は、笑顔だけで女の子を虜にさせることができるレベルだ。

他の女子生徒も、今起こった事態そっちのけで少年に見入り、目で追う始末。




「テメェェェ……!!」


けどそんな呑気なことをやってられたのも束の間のこと。
今にも怒り狂って爆発しそうな勢いで、額に青筋を浮かべながら低い声で、短ラン少年を睨む男子生徒。金髪に長身という、一回目にしたら十分脳裏に焼きつく特徴を持ったその少年の登場で、場はさらに凍りつく。例えるならば「鬼」という比喩がぴったりな―――。この状態で口出ししたら殺される。誰もが瞬時にそう悟り、話し声一つ湧かなくなった。


「君、小中校時代とかなにやってたの?家元か趣味がそういう系?でも、もしそうだとしても普通こんな物片手で投げられないよ?」
「うるせぇ関係ねぇだろ!死ね……!!」
「……本気で怖いんだけど」


いつ殴り合いが起きてもおかしくない状況下でも、なんとか会話を成立させている。短ラン少年も冷や汗を伝わせ、緊張感が走る空間で、教師たちも生徒同士の喧嘩を止めるという教師の役目を果たせず、生唾を飲むばかりだ。

どこから取ってきたのか、金髪少年の手には、「止まれ」とかかれた道路標識が握られており、変な方向に歪な曲線を描いていることから恐らくは、いや、そうでなくても自力で引き抜いてきたことは容易に理解できた。それに対抗すべきものを持っていない短ラン少年は周りを見渡し、偶々視界に入った一人の少女――――に近寄り、後ろから肩をつかむと耳元で囁いた。



「ちょっと身体貸してね」
「え?……え?え!?」


そう言うとの返事も待たずに、を盾にして自分は背に隠れながら、金髪少年の方に近づいていく。


「ちょっと……!」


足を前に出したくなくても、押されてるせいで否が応でも歩が進む。どんどんと近くなる金髪少年との距離が、ほぼなくなった時には全身を冷や汗が襲っていた。恐る恐る見上げると、遠巻きに見ていたときよりも、怒りに満ちた表情や悪い目つきがはっきりと確認できる。これから殴られることを覚悟して目を瞑ると、顔に何やら感触を感じた。布越しに触れるのは、少し硬くも、温かいもの。それが金髪少年の胸板だと気づくのに時間はかからなかった。



「……!?」

―――近い近い近い近い近い近い……!


慌てて引き下がろうとするも、背中の方には短ラン少年がおり、こちらとも体が密着している。しっかりと肩をつかまれているので逃げることすらできない。



「……汚ねぇぞ」
「この子に間に入ってもらわないと俺が殴られるからね。いくら君でも女の子を殴るなんてできないでしょ?まぁ、できたらできたで最低男だけど」
「……今すぐ俺の目の前から消えろ」
「えー?俺はもっと話したいのに。―――平和島静雄っていう化け物と」
「……ざけんなッ!!」


勝ち誇った笑みをみせる短ラン少年を、殴り飛ばしたくてもその前には少女がいる。の身長に合わせて身を縮め、隠れる短ラン少年に、金髪少年は憎しみのこもった視線を投げ、大きく舌打ちをした。



「お、お前ら……何してる!」


勇気を振り絞って喧嘩の仲裁に入ってきた教師によって収拾がつき、なんとか収まったものの―――前代未聞の今回の入学式は、数年後この学校が「来神」から「来良」へと変わったあとも、教師たちには忘れることのないトラウマとして植えつけられたのであった。




おいでませ非日常
さ よ な ら 日 常