静雄と屋上で打ち解けたあの日からすでに数週間が経っていた。
キレると人間とは思えないほどの力を発揮し、怒号と共に物を投げつける彼だが、それ以外の時は比較的穏やかだ。キレやすい分冷めやすい。
聞けば、静雄にとって人というのは2種類しかいないらしく、「ムカつく奴か。ムカつかない奴か」のどちらかだという。前者の中でも折原臨也は特に気に入らないようで顔を合わせただけで喧嘩が始まってしまうくらいの仲だ。
そして日もあまり経たないうちから静雄と臨也は来神高校の二大問題児として名が大きくなっていた。
生徒のほとんどは自分に被害がいかないようにと、できるだけ静雄を避けているが、そんな中でも例外の者が何人かいた。
静雄に密に想いを寄せる女子達と、岸谷新羅、、門田京平である。
新羅は静雄と小学生のころから付き合いがある幼馴染みであり、門田は避けも怖がりもせずに普通に接している。はというとお互い下の名前で呼び合うほど静雄と仲良くなっていた。
お陰で3人も少しずつ名前が有名になってきているのが事実だ。
***
「やあ、初めまして」
爽やかな声で挨拶を口にしたその人物は、に対して人の良さそうな笑顔を向ける。
「……どうも」
一方での方は話しかけられた途端、不快に表情を変えた。
なんといったって目の前に現れたのが例の問題児折原臨也だからだ。しかもさも初対面であるかのような挨拶をしてきた。
―――忘れはしない。この前の入学式の出来事は。
殴られないようにと盾にされ、強制的に喧嘩に巻き込まれたことを。
一瞬でもかっこいいと思ってしまったあの時の自分を蹴ってやりたい。顔がよければ何でもしていいわけじゃないぞという視線を込めて臨也を見てやる。
「そんなに警戒しないでよ。別に取って食おうとは思ってないからさ」
「用がないなら早く消えて下さい」
「冷たいなあ。せっかく会いにきてあげたのに」
「私は頼んでませんが」
これだけトゲのある言葉を放っても臨也は笑顔を崩すことなく、にやにやと笑っている。薄気味悪いとはまさにこのことを言うのだろう。気分が良いものではない。
「ふーん……。ところでさ、君。最近シズちゃんと仲良いみたいだね」
「…それが何か?」
「いや、おもしろい組み合わせだなーって」
"シズちゃん"が静雄のことだというのはすぐ分かった。
どこから取り出したのか臨也はバタフライナイフを手中で弄びながら、愉しそうに語り出す。
「このまま上手くいけば君とシズちゃんはもっと深い関係になるだろうね。それが友達のままなのか恋愛に走るのかどうかは置いといて。分かってる?シズちゃんの近くにいるってことは常に危険と隣り合わせってことだよ。例えばシズちゃんに喧嘩に負けて恨みを持ってる奴。君を人質にしてくるかもしれない。一番最悪なパターンだとシズちゃん自身が君を直接傷つけてくることだってありえる。すぐ怒るし力の制御はできないし、ふとした瞬間に君も巻き込まれちゃうかもよ?……正直あんなのといていいことなんか一つもないと思うけど」
「そんなことはありません」
「そういえばさぁ君、シズちゃんともう名前で呼び合う仲なんだよね?一緒に帰ったりもしてるし。彼のことは怖くないの?さっきも言った通り君も下手したら怪我をするハメになるんだよ。俺なら絶対傍にいたくないけどなぁ。ああ、今更だけど君の名前なんていうの?いつもシズちゃんや新羅が呼んでるの聞いてるんだけど忘れちゃってさ。まぁ、元々覚える気がないから自然と頭の中から消えちゃうみたいなんだけど」
「帰ってもいいですか折原さん」
「え?やだなあ。人が話してる最中に。真剣に聞けとは言わないけどせめて耳を傾けるくらいはしようよ。じゃないと俺、泣いちゃうよ?」
「どうぞ泣いて下さい」
「はは、酷いなー。君くらいに冷めた子も久々だよ。……ちょっとおもしろくなりそうかもね」
よく舌が回る人である。
一回も噛むことなく、しかも台詞が用意されていたわけでもないのにスラスラと言葉がでてくるでてくる。アドリブに強そうだ。
ほどんど聞き流していたが言いたいことは分かった。
要するに、「君シズちゃんと仲良いよね」 これ以降はほぼいらなかったような気がするのだが。
なぜか嬉しそうに鼻歌まで歌い出した臨也を変に思うも、こちらから話しかけようという気にはならなかった。
―――平和島静雄を怖がることもせず、傍にいる少女。
―――人間観察好きの臨也にとってこれほどおいしい人材はない。目をつけるのは当たり前といえるだろう。
「話は終わりましたね?ではさようなら」
「あ、ちょっと待って」
下駄箱に向かおうとするの手首を掴み、そのまま強く引っぱる。
顔と顔が近くなったところで再び怪しい笑みを作り出し、やはり口からは爽やかな声が出てきた。
「これからよろしくね。―――」
日常が壊れる音がした
結局これも、運命なのかもしれない。
この時はまだも臨也も知らなかった。数ヶ月後、そこにはにべったり懐いた臨也の姿があることを……。