普通の学校では滅多に聞くことのない音が、この学校では毎日といっていいほど…いや実際毎日聞こえてくる。それは学校自体が特殊なのではなくてそこに通う生徒に非があるのだ。何年か前まではごく普通だった来神高校も、去年あの二人が入学してきてからは校内が戦場と化した。それほどまでに二人の喧嘩は激しく、寧ろ殺し合いといったほうが通じるかもしれない。それがごく一般の殴り合いなら、男子高校生がやる普通の"喧嘩"とやらだが――――――

域を超えた争いは今日も変わらず繰り広げられていた



この日、いつもより少し遅れて学校に着いた私は朝一で"その光景"を目にする。階段を上がった教室の前の廊下では、二人の男子生徒が啀み合うように対立していた。

二人――平和島静雄と折原臨也以外の生徒は皆教室の中だ。これから起こるであろうことにハラハラしながら様子を見ている者が殆どなのだろうが、教室の中は今、自分がいる所から丁度死角になって詳しくは分からない。
そんな中で、特に怖がることもなく他の生徒よりも至近距離で二人を眺めているのは、岸谷新羅。


――朝早くから、机が飛ぶのか


呑気に内心でそう呟けるほど、私は二人のことをそれほどまでに恐怖の対象して捉えていなかった。実際喧嘩してるところは何度も目の前で見てきたし、そりゃ最初は怖いから近づかないようにしてた。でも結構絡むようになった今では普通にその横をすり抜けることだってできる。

今日も同じように二人の横を通って教室へと向かう。相変わらずそんなことを躊躇いなくできる私を周囲の目線が一気に捕らえるが、それも特に気にとめることもなく教室に入っていく。


「朝からやっちゃってるよ」

この状況でなんとも気軽に声を上げたのは新羅だ。他の生徒はというと、ヒソヒソと内緒話をする感覚で喋っている。

ふと時計を見るともうすぐ授業の始まる時間で、

「二人とも、授業始まるよ」

廊下で睨み合ってる臨也と静雄にかけた一言が言い終わるとほぼ同時に予鈴が鳴る。

「あ、ほら鳴った」

その場の緊張感に合わない私の声は、周りの視線を更に浴びることになった。







授業も順調に進んで、お昼に差しかかろうとしている時。
どこからか窓ガラスが割れる音が聞こえ、椅子が勢いよく外に投げ出された。

教室を見渡すが、案の定臨也と静雄の席は空いており、二人が今しがた窓ガラスが割れた辺りで喧嘩しているということはすぐに分かった。


音が聞こえてきたのは近くで、今まで黒板の前に立って授業をしていた教師が、呆れ半分怖さ半分という顔で教室を出た。それに続いて私と新羅も教師の後を行く。他の生徒たちは教室から出ようとはしなかったものの、気になって顔を覗かせる者はいた。


二人がいたのは他の教室の前の廊下で、朝よりも事が激しくなってる気がする。喧嘩を止めようと出てきた教師達も、中々二人の空間に入り込むことができず生徒たち同様焦るばかりだ。


「あちゃー、今日一枚目の窓ガラスが割れたか…。次は壁陥没かな?」

先程と変わらずの表情で、隣の教室から新羅が呟く。その間にも場の雰囲気は悪くなる一方で、誰もが入れないようなその二人の間に私は足を踏み入れた。





「待った!」


臨也と静雄の間に入り込んで、威勢良く声を出す。腕を広げ、二人に向かって掌を見せた。
私のその声にその場にいた人の全員が一瞬固まり、数秒して状況把握ができるようになってから私達4人以外の人達が一気に青ざめる。

同時に周りからは、

「アイツいくらなんでも死ぬぞ」
「臨也と静雄の喧嘩に割り込むなんて」

という、いかにも死亡フラグな言葉が飛び交う。だがそんな言葉は耳にも入れず、私は臨也の方に歩み寄って、手をとった。そしてそのまま強引に次は静雄の方へ行き、同じように―――手を繋ぐように、静雄の手を握った。

辺りが再び静かになる。誰もが今の私の行動を理解できないというように、驚愕の表情を顔に貼り付ける。


「じゃあ、失礼します!」

その沈黙の間に私は、右手は静雄、左手は臨也の手を掴みながら立ち去るように階段を降り、外へ出た




「…どういう事?」


全力で階段を駆け降り、走って外に出たにも関わらず私の横にいる二人は息一つ荒くしていない。一人ではぁはぁと息を切らしてる中、臨也が口を開いた。


「こういうことだよ」
「だからどういうこと」
「あのままあそこに居たらヤバかったでしょ」
「…で、俺とシズちゃんの手を取って逃げたわけだ」
「誰の為よ誰の」

私と臨也が会話する中、静雄は顔を背けて視線を宙に泳がせていた
そして小さな声で私に向かって呟く


「……手」
「手?」
「…お前なんとも思わねぇのか?」

静雄に言われて自分の先程の行動を思い出す。確かにさっきまでは自分が一方的に"掴んだだけ"の手は、現在両方とも見事に指を絡ませ合っている恋人繋ぎで、傍から見れば色々と勘違いされるであろう状況だ。


「何か思うの?」
「…お前、」
「でもさー、わざわざ俺たち二人を連れ出さなくてもどっちかでよかったんじゃないの?それに最初、が俺の手取ってシズちゃんの方歩き出した時さ、俺とシズちゃんが握手させられるのかと思った」
「あーそれは考えてなかったなぁ…まぁどうせやったって無駄でしょ」
「多分ね。いや、絶対かな。……でさぁ、シズちゃん」
「あぁ?」
の手、離してよ」


二人に流されていって自分の今の状況を自分でも把握し切れてなかったが、臨也の今の一言と、ついさっきの静雄の言葉を思い出して二人と繋がれている自身の手を見た。

果たして今のこの場面は、ただの仲の良い3人に見られているのか、それとも―――…。


「黙れノミ蟲テメェが離せ」
「何?独り占めはダメだよ」
「歩こう!!」

二人の会話を吹っ切るように声を出した。もう色々と考えるのはメンドくさかったし、何より私を挟んで喧嘩してほしくない。


今度も私が臨也と静雄を引っ張る状態で歩き始めた。特に当てもなく校内をうろうろする。


「そういえばさぁ、授業サボってよかったの?」
「…あ、」
「今頃気付いたって遅ぇよ」


――すっかり忘れてた。本当に忘れてた。
でも今から戻る気にもなれず、教室には足を向けなかった

「私…授業サボるのなんて初めてだよ」
「たまにはいいんじゃない?」
「つーかお前の頭なら授業の1つや2つ出なくても大丈夫だろ、多分」
「…そっか」

その日をきっかけに、毎回ではないが臨也と静雄が喧嘩すると、その場逃れを口実に私たちは3人でサボるようになった。



そんなことを繰り返しているうちに、校内では
「臨也と静雄の喧嘩に割り込んで止めた女」、としてさらに有名になってしまい、同時に「三角関係」や「二股」等の噂が流れるようになった。

そして新羅や京平からは、あの二人が一メートル範囲内にいるのに喧嘩しないなんて奇跡だ、と半分尊敬の眼差しを向けられて言われ、先生達からは、問題児二人のストッパーとして、二人が喧嘩した時には強制的に駆り出されるハメになった。




トライアングルウォーズ