本気で命の終わりを覚悟することなんてそうそうないと思うけどさ。
残念ながら僕の周りは平和で静かな日常とはかけ離れてたからそんなことはよくあるね。……ここまできたらさすがに慣れたよ。
僕が生きてきた中でも……そうだな、あの時の出来事は僕のトラウマランキング上位に入るくらいの恐怖だった。
はどうか分からないけど臨也と静雄は覚えてたよ。
その高校時代の話をつい最近持ち出したら見事に二人からはフルボッコにされたけどね。執念って怖い。
セルティが作り置きしてくれてたカニ玉は実に美味だ。時計の針は正午を少し過ぎたところ。
昼食……昼食といば弁当(僕はこうして家で食べてるけど)。弁当といえば……うん。定期的にあの時のことが頭に浮かんでくるんだよなぁ……。
―――時は高校時代に戻る
午前中の授業を終え、お弁当タイムに突入した教室は一日の中で最も盛り上がる時間だ。だけど僕は賑やかな教室を離れていつも屋上に行く。いつの日からかそれが習慣になり、今日も同じ面子で昼食を済ます……はずだったが。
見当たらない。持ってきたはずの弁当が鞄の中にない。今朝久々にセルティが作ってくれて、舞い上がりすぎたのがいけなかったのか。まさかセルティが届けに来てくれることはないだろうし……本当に馬鹿なことをした。
まるで世界の終わりに直面したかのような絶望感に襲われ、重い溜息が口から漏れる。
「あれ?どうしたの新羅」
僕の様子がおかしいことに気づいたが声をかけてきた。片手に弁当を持っていることからこれから屋上に向かうつもりなんだろう。
「家に弁当忘れてきちゃったみたいでさ……参ったもんだよもう……」
「購買行けばまだパン残ってるんじゃない?」
「生憎今日は弁当のつもりだったから財布も置いてきててね……」
「ありゃりゃ」
放課後も毎日寄り道せずに真っ直ぐ家に帰るので、財布の必要性といったら購買でパンを買うぐらいだ。それ以外のことでお金を使うことは滅多にないから財布は当然持ってきていなかった。
酷く落ち込む僕の前で、は「じゃあ」と、自分の弁当を差し出す。
「私の半分あげるから、一緒に食べよ」
「え?」
「だってないんでしょ」
「でも……」
「ほら、早く行かないと皆待ってるよ」
どうやら遠慮の言葉は聞いてくれないらしい。ここは素直にの親切を受け取っておこうか。
この時まではそう思っていたが、屋上についてから考えは一変する。
早くも昼食を済ませたという臨也と静雄と、もう残り半分以下になっているパンをジュースと交互に口に運んでいる門田君はすでに前から屋上に居たらしく、待ちくたびれたという顔で迎えられた。
「君たち人を待とうという気は……ああもういいや」
昼休みの定義は「一緒に昼食をとる」から、いつの間にか「一緒にだらだらと雑談する時間」になっていた。もはや5人集まる時は食事は脇役みたいなものだ。これじゃサボってる時とあまり変わらない気がするんだけども口には出さなかった。
「新羅手ブラ?」
「あ、うん。実は弁当忘れてきてさ」
「へえ、じゃあどうすんの」
心配する素振りも全く見せず軽々しく臨也が聞いてくる。質問に答えたのはだった。
「私のを一緒に食べるんだよ」
その一言で空気が張り詰めた。話を聞き流していた静雄も僕との方を見る。
……。
…………これもしかしてやばい?
門田君はともかく二人の視線が凄く痛い。なんていうか突き刺さってくるというか
「新羅って嫌いな食べ物なに?」
「え、いや、と、特にはないよ」
「そう?今日のお弁当のおかずこんな感じなんだけど、嫌いなものがあったら言ってね」
「う、うん」
門田君が臨也と静雄から若干距離を置く。ここは上手くフォローしてほしいところだが僕の心の声は届くはずもなかった。
「えっと……僕はどうやって食べればいいかな」
「あっ……」
もそこまで頭が回っていなかったみたいで、「どうしよっか……?」と、戸惑いながら問い掛けてくる。
「……わ、私が食べさせよっか……?」
ブチリ。どこからともなくそんな音が聞こえてきたと思うのは気のせいか。いや、違う。静雄が怒りを抑えているのが視界の隅に見えた。今ここで僕に当たると隣にいるにも被害が及びかねないから、必死で何かを投げたい衝動を我慢している。同じくらい臨也の睨めつけも威圧感があって、それだけでもう恐怖が心の底から沸いてくるのだ。口を開くのにも勇気がいる。プレッシャーで言葉も出てこない。
「……」
「て、手で食べるのもあれだし……これしか方法が……。だからっていって昼食抜くのは辛いだろうし、何より次の授業体育だしさ、新羅元々体もガッチリしてないから食べて体力つけないと倒れちゃうよ?」
後半はほとんどお母さんのようなことを口にしながらが早口で喋る。
確かに弁当に限らず異性に食べさせるのは、傍からみれば恋人同士以外のなにものでもない。
けれど……けれどこれは決してそんなものじゃない。
僕が弁当を忘れてお金も持ってきてないからが心配して自分の弁当をわけてくれているんだ。そうだそれだけだ。
そして僕はその心遣いを受け取っているだけだ。なんの罪もない。
ない。ない……けど、好きな女の子が他の男に弁当を食べさせている光景なんて誰だってみたくない…よな。
今更ここで「いい」と断ったとしても、「テメェが気ィ使ってくれてるのになんだその態度は」って言ってキレられるんでしょ?
どっちにしろ僕の身の結末は変わらないんだよ。
「さっさと食べちゃおう、ね!」
僕の口元に玉子焼きを挟んだ箸を持ってきて、が頬を引き攣らせて笑っている。多分も臨也と静雄の尋常じゃない雰囲気に気づいたのだろう。でもやっぱり好意を寄せられているのが元で、二人が僕に嫉妬しているということには気づいていない。
幸い物が飛ぶことはなかったけどこの日の恐怖体験は一生忘れることはないと断言できる。
放課後?
もちろん二人に呼び出されたよ。
臨也と静雄がタッグを組んでるのを見るのはこれが最初で最後だったね
岸谷新羅の受難
あの日僕は二度と弁当は忘れないと心に誓った