街中が甘い空気に包まれる2月14日バレンタインデー。近年は友達同士での交換が流行っていたりする世間だが、全国の男子達のこの日の浮き具合はやはり毎年変わっていない。逆にバレンタインというイベントに憂鬱を覚える者もいるが、そんな気持ちを抱く男達を無視するかのように今年も甘い甘い匂いを漂わせた日が来たのだった。
「告白っていったらさ、屋上も定番の一つじゃん?」
「だからなに」
「ここに好きな男の子を呼んでチョコを渡そうと考えてる子だっているかもしれない」
「うん。で?」
「僕たちって邪魔じゃないかなあ」
賑わいを見せる教室とは反対に、二人の声しか響かない屋外は静まりかえっているといってもいい。まるでこの日のイベントなど関係ないという風に、新羅・臨也・静雄・門田の4人はすっかり馴染みとなった場所でいつものように顔を合わせていた。
「俺たちが毎日ここに居ると知ってる上で屋上でわざわざ告白なんてする奴いねえだろ。いたとしても関係ねぇけどな」
「臨也も静雄もそっけないねぇ。もしかしてバレンタインが嫌いだったりする?」
どこか挑発の混じった口振りで肩を竦める新羅に対し、臨也は表情を変えずに返答する。
「嫌いじゃないさ。むしろこの日は妹たちへのお土産がたくさんできるから助かってるんだよ」
「……もしかして君、今までもらったチョコ全部妹さんたちにあげてるの?」
「当たり前じゃないか。あんな何が入ってるかも分からないもの食えるわけがない」
なんと言い返していいのか言葉が見つからず、溜息だけが新羅の口から漏れる。まさかもらったチョコに毒でも入ってると思ってるのだろうか。まずチョコを渡す時点で好意があってやってることであり、危険物を混入させる意味などないはずだ。それとも臨也が受け取ったチョコを食べないのは、また別の理由があるのか。予想外な答えが返ってきたことに、自分の中で考えも巡らせるも納得のいく理由が浮かんでこないので、そこで思考は打ち切られた。
「……門田君は好きな人とかは?」
話題を変えて再び会話をスタートさせる。と、いってもバレンタイン一色の時期とだけあってか話はどうしても恋愛方面へと向かってしまう。
「……今は特にいねえな。そういう新羅は?」
「僕!?僕はもちろんいるよ!」
待ってましたといわんばかりに声を張り上げ、顔を輝かせながら両手を広げて口を動かし始める。
「その人は毎年僕にチョコをくれるんだけど、どうもまだ男としては見られていないみたいで……自分の近くにいる異性だからとりあえずあげてるって感じ?でもそのうち振り向かせて絶対に本命を手に入れるんだ!世界で一つ、僕だけのために作ってくれたチョコをね!……ああ、今年は手作りかな……それともお店で買ったものかな……」
ハキハキペラペラと喋る新羅は、まさにバレンタインというイベントに心躍らせる一人であった。これが本来の14日の男子のテンション(?)ともいえるのだが、他の3人に盛り上がりの様子が見られないせいか、新羅だけが一人浮く形となってしまっていた。
暫く男4人での会話が続いたところに、そこに華やかさを添える人物がやってくる。
「ごめんね、遅くなって」
遅れてがやって来たことで紅一点の男女構成となり、いつものメンバーが揃う。少し遅い昼食タイムを始めるべく、各々弁当や購買パンの袋を開けようとし―――
「ちょ、ちょっと待って!」
直前での止めが入った。
「……どうした?」
「…えーと……その……」
門田の問いと3人の視線が向けられ、は頬を染めて言葉を濁しながら目線を地面に落とす。
―――自分から気を引いておいてこのまま何も言わないなんて、ダメだ。
心の中でそう呟くと、一度深呼吸をしてから前を向き直す。
「……これっ……みんなに!」
勇気を振り絞って出した声とともに差し出したのは、可愛くラッピングされた4つの袋。袋はいずれも透明であり、中には手作りと思わしきチョコレートが入っている。
「いつも仲良くしてくれてありがとうっていう感謝の気持ち。……受け取って」
唐突なことに最初はぽかんと瞬きを繰り返していた4人だったが、の手からチョコレートを受け取ると、
「ありがとう」
「ありがとうね」
「サンキュ」
「ありがとうな」
上から臨也、新羅、静雄、門田の順番でお礼を口にする。
4人に受け取ってもらえ、安堵に満たされていくのを感じ、ほっと胸を撫で下ろす。
今まで男の子にチョコを渡す機会が少なかったにとっては、告白に近い感覚の緊張だった。なんにしろ、5人の仲がよりいっそう深まったことにかわりはなかった。
「よかったね静雄。からもらえて。それとも本命じゃなくて残念?」
「……うるせぇ。これからだよ」
「あれ?臨也は食べちゃうの?他人からもらったものなんて何が入ってるか分かんないから妹にあげるんじゃなかった?」
「の手作りをあいつらにあげるわけないだろ」
頬を紅潮させながら口元を緩める静雄と、さっそくからもらったチョコを口に運ぶ臨也を見て、新羅は溜息を吐く。それも、少し笑みを含みながら。
「さて、いずれから本命をもらうのは、どっちなんだろうね」
平等のChocolateDay