池袋都内の道路脇にとめてあるとあるワゴン車内にて。
「ポニテ眼鏡姉系巨乳!」
「ツインテ妹キャラツンデレつるぺた!」
「ピンク髪ロリ八重歯ドジっ娘!」
声の大きさが自重しないバンの後部座席では、一般では聞き慣れない単語を織り交ぜながら3人の男女が激しい討論をしている。その光景を見て溜息を吐いた門田は、運転席に座っている渡草に話しかける。
「どうする、黙らすか?」
「好きなモンについて語り合うのは大事なことだぜ?いつものことだろ、ほっとけ」
渡草が読んでいる最近発売されたばかりの雑誌の表紙には、『聖辺ルリ特集!』と書かれた文字が大きく載っており、そういえばコイツもマニアだったな、と門田は行き場のない呆れを視線と共に窓の外へ向けた。
「やっぱり王道っていえばツインテツンデレが一番だよね?」
「いやいやツインテっていえばロリも欠かせないよ。ね、ウォーカー君」
「どちらも立派な萌え要素とだけあって選ぶことはできないっすねー……俺から言わせてもらえばツンアホとかもいいと思うんすけど」
議論を交わす狩沢、、遊馬崎の3人は、所謂"オタク"という分類の人間であり、そっち側の人にしか理解できないであろう言葉を並べながら、自分たちの世界に浸っている。パンピーとはかけ離れた場所にいる3人は、独特の空気を車内に振りまいて、二次元という愛の対象について今日も今日とて熱く語り合うのをやめない。
「なら、さんの言ったロリと、狩沢さんの挙げたツインテと、ツンアホを混ぜたらいいんじゃないっすか?」
「なにそれ新しい!」
「ゆまっちGJ!」
「そうと決まればさん!さっそくツインテツンアホロリをイラスト化してくれますか?」
「よし、任せて!」
遊馬崎からノートとシャーペンを受け取ったは、スラスラと手を動かす。3人の中で一番画力が上であるは、こうやってペンをとることが多いのだ。
「服装は?服装は?」
「やっぱロリですしワンピースがジャスティスっすよ」
狩沢の疑問に遊馬崎が答え、そんな二人に挟まれてペンを動かし続ける。その間にも萌え語りに口を動かす狩沢と遊馬崎の声を聞きながら、の心は少しもやもやした何かに支配される。
―――ああ、まただ
遊馬崎が狩沢や他の女性と二人で話しているのを見ると、毎回同じ感情が込み上げてくる。これがなんなのか――――自覚するのに時間はかからなかった。その上、二次元という世界に浸かっていることもあってか、無意識のうちに聡くなってしまってたのだ。
はっきりと言い表すのは恥ずかしくて、彼を夢中にしている二次元と狩沢に嫉妬の心を抱きながらも―――お互いに好きなもので盛り上がられるというこの幸せを壊したくはなかった。今はまだ早い。打ち明けるのにはまだ早いのだ。
―――今はこんなこと考えてる場合じゃない。
深く考えるのをやめ、気持ちを切り替えて、狩沢と遊馬崎の会話を打ち切るように出来上がったイラストを二人の前に差し出す。
「……こんな感じ?」
「ロリキター!」
「相変わらずプロの犯行としか言いようがないっすね……!」
「今年の夏コミは3人で合同本出しちゃう?」
「あ、それいいね!」
さんせーい!と、狩沢の提案に思わずハイタッチした3人は、夏コミと題した同人活動予定をノートに綴らせていく。
「このロリの子を主人公にした創作とかどう?」
「じゃあ他にもキャラを増やさないといけませんね」
「ちゃんもゆまっちもちょっと待った!キャラクターよりまずは世界観よ!キャラはストーリーや作品の雰囲気に合わせて、且つ一人一人の個性を持たせてつくらないと!」
「ウケ狙いなものはぶっとんだ設定とかを入れたらいい感じなんだよね。モンスター系が大半を占めるくらいの作品は小学生の興味も向くし」
「舞台が架空か、それとも実際の場所をモデルとするのかも重要な点っすよねー。」
どこまでも白熱する同志たちの会話は一向に止まる気配を見せない。ちらちらと3人の様子を見張る門田には、マニアの執着や拘りは到底理解できないものだった。
「……よくそんなに喋れるな…」
それでも自分達の趣味を持ち、居るべき世界をしっかりと持っているたちに、少し羨ましさを持っているというのも事実なのだが――――門田はあえて言わず、無鉄砲なオタク3人を制止する役目を担っている。
なんとなく耳に入れてるというよりかは、勝手に耳に入ってくるマシンガントークは、もはや門田にとってBGMと化していた。
「話は所々繋がってる感じの4コマもどきでよくないっすか?」
「内容はロリ主人公とその周りの人たちのギャグ漫画……とか?」
「……『ロリ誘拐』みたいな感じ?」
ロリ誘拐。その曲名に、狩沢と遊馬崎の頭の中で歌が脳内再生される。
「いや、これは危険なんじゃない……?」
「でもギャグなら大丈夫な気がしますけど……アウトっすかね?」
「あえて言うならセフトだよ」
「なにそれギリギリすぎる……!」
「いっそパロっちゃいましょうよ」
「私は今回の新刊を18禁にするつもりはないわよ……!」
「それはいきすぎだよ絵理華ちゃん」
たちがグダグダな話し合いをする中、黙って聞いていた門田が、助手席から不意に声を上げた。
「お前らそんなに話してたら喉渇くだろ。ジュース飲むか?金やるから」
門田なりの優しさだった。
財布の中の小銭を数えながら言う門田に、たちは顔を見合わせて一拍置いてから返答する。
「え!?ドタチンの奢り!?」
「急にどうしたんすか門田さん……!」
「も、もしかしてこれは……デレ!?」
「違ぇよ」
速攻で入れた突っ込みに門田自身複雑な気持ちになったのは、普段からオタクトークを聞いてるせいで、いつの間にか自分までもが一部の単語の意味を理解できるようになってしまったからだ。やってしまった感が否めない中、手を出してお金を受け取る体勢をする3人に小銭を渡して、自販機に向かったのを確認してから、隣に居る渡草にも、「お前も飲むか?」とお金をちらつかせる。
「奢ってくれるなら勿論飲むよ。じゃ、ありがたくー」
本をたたんで席を立つ渡草の背を見ながら、静かになった車内で大きく伸びをする。自販機の前でジュース缶片手に萌えトークをする3人に、アイドル(ルリ限定)オタクの渡草も加わって一層増して激しくなったであろう語り合いの光景を尻目に、被っていた帽子で視界を覆った門田は、腕を頭の後ろで組んで眠り始めた。
「ルリちゃんは最強!最高!」
「ルリちゃんは私も好きだなー。可愛いし二次元っぽいし」
「歌ってるアニソンもいいんっすよねぇ」
すっかりルリの話題一色になった4人の中では、渡草が中心となってでの雑談になっている。
「羽島幽平と並ぶトップアイドルだもんね。渡草さんはルリちゃんのことどれくらい知ってるの?」
「よくぞ聞いてくれましたちゃん!でもルリちゃんのことは俺だけが知ってればそれでいいんだ。…………ああでも話したい!ルリちゃんの魅力を話したい!知ってもらいたい!」
「それ解りますよ渡草さん!ちょっとした独占欲っすよね……!けど自分が合いを注ぐ者の素晴らしさを語りたいという気持ちもある……!難しいところっす!」
「…………独占欲……」
遊馬崎が放った言葉の一部を呟き、微かに顔を歪める。
隣で楽しげに話をする遊馬崎の横顔を眺めて、その笑顔を己の目の奥に焼き付けながら―――沸き上がってくる気持ちを身に染めながら―――今はまだ口に出せない想いを心の奥に秘めながら―――。狩沢を一瞥して、悪戯に笑うのだ。
いつしか、必ず
三次元に目覚めさせるのは私
モモさんから頂きましたリクエストで、ワゴン組の一員ヒロインで遊馬崎相手でした。門田とどちらかだったんですが、ヲタクヒロインというのを私自身一回書いてみたくて遊馬崎の方を……!
ほのぼのという指定で狩沢に嫉妬するという内容でしたので、書いてる途中私がゆまっちにその気を抱きそうになりました。見ての通り解る人にしか解らない単語がいっぱい出てきています。ただの俺得みたいになってしまってすみません……orz
モモさん、素敵なリクエストをありがとうございました!