※ 『トリオローズ四重奏』のギャリー視点です

































正直、もうダメだと思った。


「アタシ、水の入った花瓶を探して来るから。イヴはその子のそばに居て。―――ここで待ってて」


アタシとイヴが倒れてる女の子を見つけたのは、この可笑しな世界から抜け出す出口を二人で探し回ってる時のことだった。今まで散々絵画や彫刻に追いかけられてきたおかげで、最初はその女の子も作品の一つなんじゃないかって勘繰ってたんだけど…………その可能性はすぐに打ち消されたわ。
茎。
女の子の手には、上部に花が咲いていたであろう一本の茎が握られていたの。
その証拠に茎のてっぺんには、一枚の白い花弁が今にも散ってしまいそうなくらい弱々しくくっ付いてて……。
近寄って確認してみると、茎の所々にトゲがあって、試しに触ってみれば、瑞々しい本物の植物の感覚があったのよ。

イヴが困ったような焦ったような表情でアタシの顔を見上げてきたの、今でも鮮明に覚えてるわ。『どうしよう』って訴えかけてくる目も、不安で一杯だった。あの子が露骨に感情を乱すことなんて、滅多になかったんだもの。
どっちかっていうと、アタシの方が動き出す作品にビビッてた回数が多いくらいよ。
悪かったわね情けなくて。

……と、話は逸れたけど。
―――――確信があったのよ。
多分女の子も、アタシやイヴと同じで、この変な美術館みたいな空間に入り込んでしまった一人で、彷徨う内に色んな作品に襲われて、仕舞いには動けなくなってしまったんだと……思う。
手にしている物が何よりの証拠よ。
あれはアタシとイヴが持ってるバラと一緒。
茎から生えていた棘が、そうだと強く主張していた。
とにかく、アタシが水の溜まった花瓶を見つけるために東奔西走してるあいだ、イヴにはあの女の子の様子を見ることを頼んだの。小さな子一人にこんな場所を歩かせるのは危険すぎるでしょ?


枯れかけの白いバラを庇うように抱きしめながら、水の入った花瓶を求めてただひたすらに駆け回る。
もう、必死だったわ。
なんていったって、この世界ではアタシたちにとってバラは命。
花弁が全て散ってしまったりなんかすれば――――


「ッ……」


脳裏に浮かぶのは、イヴに助けてもらった時の自分。
青い服の女に襲われて、逃げ切ったはよかったんだけど、間抜けにもバラを奪われて、逃げた先で倒れちゃったのよね、アタシ。
イヴが取り返してくれなかったら、今頃アタシはあそこで死んでたわ。
―――そんなアタシと似たような状況に陥ってる子が目の前にいたら……助けないわけないじゃない!


「……あ、あった……!」


どれくらい走り続けたかしら。
休むのも足を止めるのさえも忘れて探索に没頭した結果、やっと水の張った花瓶を見つけることができたの。
すぐに白いバラを花瓶に活けて、回復したのを確認したら、また急いでイヴと女の子の元に戻ったわ。


―――頼むから
―――まだ、生きててよ!


息を整えてる暇なんか、それこそなかったわ





×××






「イヴ!」


女の子の手を握っていたイヴが、アタシの声に反応して振り返る。
その瞳にはまだ不安の色が濃く残ってて、少しでもそれを和らげるために、アタシは白いバラをイヴの正面に差し出した。


「バラは……大丈夫。ほら、すっかり元気になったわ」


見違える程にシャンとした白いバラ。
さっきまで萎れかかってたのが嘘みたいなそれを見た瞬間、イヴの口元が綻ぶのが分かった。
……よかった。これで一息つけたわ。


「それで…………えーと、その子は?なにか、変化とかあった?」


でも――――
アタシがそんな問いかけをした次には、またイヴの表情が曇ってしまった。
女の子は依然として目を瞑ったまま、起き上がる素振りすら見せない。
黙り込んでしまったイヴの態度からして、アタシが水を探しに行ってたあいだも、女の子はずっとこのままだったってことでしょうね……。



―――遅かった?
―――もう、何もかも手遅れだったの?
―――…………いや。



バラは元通りに回復した。
本当に間に合わなかったのなら、バラ自体元気になってないハズよ。


「イヴ、ちょっとこれ持っててくれる?」


白いバラをイヴに手渡してから、屈みこんで女の子の頬に触れてみる。
……温かい。息だってちゃんとある。生きてるのは、確か。
なのに、なんで目覚めないの?


「……」


強引に揺さ振って起こすわけにもいかない。
他に方法が思いつかないからって、流石にそんなことされちゃ、相手も目覚めが悪いだろうし。
―――どうすれば……。


「……ん?なあにイヴ」


アタシがどうしようかと考え倦ねていると、イヴがアタシのコートをクイクイと引っぱってきた。


「……」


何を言うまでもなく、じっとアタシの顔を見つめるイヴ。
そして数秒間アタシに視線を注いだあと、ぺタリとその場に座り込んだ。


「? イヴ?」


言いたいことがあるなら、遠慮せずに――――と言いかけたところで、アタシは気づく。
焦りすぎてて、全然思いつかなかったこと。


「……この子が目覚めるまで、待つっていうの?」


そう尋ねてみれば、イヴはこくんと首を縦に振った。
…………ああ、もう、ホント。
女の子をどう起こすかとか、そんなことしか考えてなかったアタシは、心中で自分に向かって溜息を吐いた。
―――そうよね。
ここはやっぱり、相手が自分から目を覚ましてくれるのを待つべきよね。


「分かったわ。そうしましょ」


イヴの隣にアタシも腰を下ろす。
幸いアタシたちが今いるここは、敵の気配がない。
絶対の安全地帯ってわけじゃないけど、当分は追手なんてやってこないでしょう。


―――あ、服


目の前の事態がようやく落ち着いて、冷静に思考が巡らせられるようになると、今更ながら女の子の服が所々切れていることに気づいた。


―――ええと……
―――ちょっと目のやり場に困るわね……


布が裂かれてる部分から肌が見えて……その……肩とか太股とかが……ねえ?
イヴくらいの年齢の子にはあまりよくないんじゃないかしら。
……いくらイヴが女の子っていっても、ギリギリだしねえ。


思わず目を逸らして視線を宙に泳がせてしまうアタシ。
なんだかんだいいながら、心は男ね。


「……」


コートでもかけてあげようと、紺色のそれに手をかける。
イヴとアタシと女の子のためにも、これは……


「……?イヴ?」


アタシが自分のコートを脱ぎかけた時だった。
またもやイヴが、何かを言いたげにアタシの服を引っぱった。
今度はなにかしら?とイヴの目を追うと―――


「あ」


女の子の眉間に皺が寄って、「ううっ……」と小さい唸り声を上げていた。
反射的に前のめりになって、女の子の顔を覗きこむアタシとイヴ。

そして数回の瞬きを繰り返した末、その子はゆっくりと瞼を持ち上げて――――





×××






これが、アタシたちとの出会い。
も今回のゲルテナ展に足を運んだ一人で、壁一面に飾られた大きな絵画を観ていたら、急に美術館の様子が変わって、最終的に何者かにこの世界へ突き落とされたらしかったの。
そこから色んな作品たちに追われて、バラの花弁が一枚になって倒れてしまったところを、アタシとイヴが見つけたってことね。アタシの推測通り。
アタシたちが今まで出会えなかったのは、単純にタイミングの問題ってわけ。


仲間は多いに越したことはないわ。
が目覚めてくれてイヴもすごくホっとしてるみたいだし……。
固まって行動した方がお互い安心できるし、イザっていうときも協力し合えるしね。


これでアタシとイヴも含めて、この奇妙な異空間に迷い込んだのは三人目ということになる。


もしかしたら。
……もしかしたら、まだいるのかもしれない。
アタシやイヴ、と一緒で、ここに足を踏み入れてしまった人が。
まだ、どこかに……。




邂逅とまだ見ぬ少女へ


の話はとりあえずここまで。 アタシたち三人がメアリーと出会うのは、それからもう少し、先の出来事になるわ。