夏といえば、肌の露出度が多くなる季節。
服装の幅が広い女の子は特に丈の短いスカートや短パンを穿く機会が多くなりこの時期はみんな自然と大胆になる。
……はずなんだけど。
我がメカクシ団の団長であるキドの恰好は真夏になっても相変わらずの、長袖に長ズボンという出で立ちだった。日々40度近い気温になる中で、この真冬スタイルは見ているこっちが暑苦しくなってくる。そのシンプル且つカジュアルな服装はある意味キドらしいし、似合ってはいるのだが、TPOというのを意識してほしいと常々思う。
とかなんとかをキドに直接言ったら「服装なんて別に俺の勝手だろう」とキッパリ返されてしまい、言い返す言葉がなくなった私は夏を迎える度にキドを見ては悶々としているのだった。
確かに、ね。
何を着るか、何を好むかなんて人の勝手だ。それこそ他人に口出しされる筋合いなんてないだろう。
キドの性格的にも今の恰好はとても本人に似合っていると思う。男前でクールで、そこらへんの男性よりも腕っぷしも良くて頼りになる。
だけど、キドだって女の子だ。
家庭的で、料理が得意で、面倒見がよくて、そして年頃のオシャレやメイクに興味を持つ年齢の女の子なのだ。
キド本人はそういった流行などには全くもって無頓着な上、興味のないフリをしていたりするが、私は知っている。こっそりリンスを変えたり、フリルのスカートをクローゼットの奥に仕舞って持っているということも。
だから。
「キドも本当は堂々とこういう恰好をしてみたいんでしょ!」
「んなわけあるか」
先日デパートで見つけた真っ白のワンピース。
色白で美人なキドにきっと似合うだろうと私が買ってきたものだ。
それをズイっとキドの目の前に差し出し、本音を聞こうと思ったのだけども……。
「ええ!?」
「そんなものを人前で着れるわけがないだろう、俺が」
「なんで?絶対似合うよ!」
「その無駄な自信はどっからきてるんだ……」
ワンピースを苦い顔で眺めながらキドが溜息をつく。
「が着ればいいだろ」
「キドにサイズを合わせて買ったから私にはちょっと大きいよ」
「……」
「せっかく買ったのに……もったいない」
せめて身長差がなければ代わりに私が着てもよかったのだが、キドは女の子にしては長身の168cm。私より10cm近く高い。これは実際着てみなくても私の体にはぶかぶかすぎて合わないことが分かる。
じゃあそれ以外の人に……となってもマリーは私より小さいし、そうなったらもう代わりになる子がいない。カノやセトに着せるわけにもいかないし、これはもうキドにもらってもらうしかないのだ。
そう。着れる人がキドしかいない。
キドが拒否すれば、譲り手のないこのワンピースは服としての役目を果たすことなく一生クローゼットの奥で眠るか、最悪さようならの展開を迎えることとなる。
……無論そうなれば、私の服選びに費やした時間とお金の全部が無駄となるわけで。口先で嫌がっていても、優しいキドは人からの贈り物を「迷惑」だとか「捨てろ」だとか絶対に言えない人だ。
私はそれを知っていてアタックしている。いじわるだとは分かっているけど、なんていうか、なんていうんだろう。やめられないのだ。
とかいったらカノと同類だと思われそうなので絶対口に出しては言わないが。
「キドに似合うと思ったのに……」
追い打ちをかけるつもりで落ち込みながらそう言うと、キドは「うっ……」と眉を下げて弱々しい表情を浮かべた。
「もらってくれないなら、仕方ないね」
「あ、……ま、待て!」
はあーとワザとらしく息を吐きつつ肩を落として踵を返そうとすると、寸前でキドが私の持ってるワンピースを掴んだ。
「………………いらないとは言ってないぞ?」
「でも着たくないんでしょ?」
「…………いや、その、」
僅かに赤らんだ顔で目線を左右にキョロキョロさせながら、キドが口をもごつかせる。
「……みんなの前で……は無理だが、……にだけ、なら、見せても、その……」
「その?」
「い、いいぞ……」
「……ってことは」
着てくれるってこと?
私がそう尋ねると、キドはゆっくりと首を縦に振った。
困った顔で赤面しながら羞恥心を噛み殺してるその表情は、普段の男前な振る舞いからは遠くかけ離れた――――それこそ好きな人への勇気を振り絞った告白を終えた後みたいな、可愛らしい女の子っぽい魅力をそなえた姿がそこにはあった。
――やばい。なにこれ。すごく可愛い。
更にもしこれで私がキドより背が高かったら、恥じらい+上目使いという最強コンボを拝めていたことだろう。
そう考えると思わず無い物ねだりをしてしまいそうになるが、祈ったところで何も変わらないのが現実だ。無念。
……いやいや、このままでも十分に貴重で良いものを見れたんだ。自分の功績を称えなければ。
高い買い物をした甲斐があったと。結果としてキドが着てくれることになったと。よくやったぞ自分と。
「ありがとう!そう言ってくれると思ってた!」
「調子がいいな……」
押してダメなら引いてみろとはよくいったものだ。
思い通りの結果に持っていけた上機嫌の私の前で、キドは呆れ半分諦め半分という顔をしている。それだけ見れば嫌々引き受けてくれただけに見えるが、手にしたワンピースに向ける視線はどことなく期待や興味といった感情を含んでるように感じられる。
最初みたいに眉間に皺も寄ってないし。
「じゃあほら、さっそく!」
「そのデジカメはどこから取り出した。言っておくが撮影は禁止だぞ」
「ええ!?」
「他のやつらに見せたり送ったりされたら堪らんからな」
「記念に撮るだけだよ、だめ?」
「ダメだ。そこまでするなら目に焼き付けろ」
「えー……はーい……」
こっそり用意していたカメラは取り出すなり拒否され、電源ボタンを押す前に出番が終了してしまった。キドがワンピースを着てくれる機会なんて滅多にないから、写真として形に残せばとてもいい記念になると思ったんだけど……。
「落ち込むな。あいつらが帰ってくるまではずっと着ててやるから」
「ほ、ほんと?」
「ああ、だから……秘密だぞ。このことは、絶対」
「うん。分かってる。二人だけの秘密ね!」
s e c r e t × t i m e
(二人だけの秘密、か)
「キドまだー?」
「もう少しだ」
(案外悪くもないな)
「キドまだー?」
「もう少しだ」
(案外悪くもないな)