私と同じ制服を纏った生徒とその保護者である大人たちでひしめき合う校庭は、普段とは違う雰囲気で満ちていた。あるいは笑顔で語らいながら、あるいは声を押し殺して涙を流しながら、あるいはしみじみと辺りを見回しながら、あるいはカメラを構えて撮影をしながら。
賑やかながらもどこか寂寥の空気が漂う場で、私も長かったようで短かった3年間に思いを馳せる。あんなことがあった、こんなことがあったと頭の中に思い浮かぶ出来事の数々を友達と話し合いながら、今に至るまでの日々を回想する。
イベント行事、普段の何気ないやり取り、朝と放課後学校と家を行き来していた毎日。
「…………」
確か、中学の頃のこの日も同じようなことを思い出して同じような感傷に浸っていた。――といってもその時は、名残惜しさと寂しさの他に少し先の未来に対する期待や高揚というのも少なからずあった。
過ごしてきた時間を遡れば遡るたび、気分が落ち込んでいく今とは違って。離別を惜しみながらも己の将来――――あるいは進学、あるいは就職、あるいは自分で決心した道を進む為に、しっかりと前を見据えている同級生たちとは違って。
一旦、友達と別れ、騒がしい集団を抜け出して校舎の中へと足を踏み入れる。無論今日は普通の登校日ではないので人の影はない。
私だけの足音が静かに響くのを聞きながら、歩き慣れた廊下を進み下駄箱正面の廊下を右折。ただでさえいつも人が少ない科目教室ゾーンは一層静寂に包まれており、少し離れた場所で人が集まって絶え間ない会話が続いてることが遠い出来事のように思えてくるほどだ。一人、切り離された空間に置いてけぼりにされたような感覚に陥るが、心境的にはまさにそのような言葉が当てはまる。
どこか悲しくて、寂しくて、虚しくて、やるせなくて。
『理科準備室』と書かれたプレートがある教室の前まで来た時、私は友人がかつて零した本音を思い出していた。養護学級として使用されていた"理科準備室"に毎日通っていた友人――貴音が、私に聞かせてくれた一つの言葉。
愚痴のような、さり気ない会話のような、なんとなく呟いたような、そんな本音。
『自分の体質上、周りから浮くことが多くて、普通のクラスが集団で何かをやってるのを黙って見てることがほとんどなんだけどさ。それよりも私が一番苦痛な瞬間は朝の時間でね。皆がわいわいしながら普通教室に行く傍で、一人だけ人の少ないこの教室に向かうのがなんか、ね。仕方ないことなんだけども』
ホルマリンの香りが漂う教室で、私の隣で、窓の外を眺めながら淡々と気持ちを吐露した貴音の横顔が、フッと脳裏を掠める。2年経っても鮮明に記憶に残るその言葉と表情は、色褪せることなく私の頭の中に残っていた。同時に、彼女と知り合った当初の出来事も様々な思い出の中から浮上する。
病気のせいで周囲と馴染めなかった貴音は、傍観者という立場にいたからこそ周りのことをよく見ていた。特に、表では仲良くしてるくせに裏では陰口を叩きあってるような陰湿なグループや、むやみやたらに騒ぎまくる集団を苦手としており――それ故に彼女自身は、相手に気を遣いながらも自分の意見をハッキリと告げてくる性格で、女友達独特の余所余所しさを感じさせないもので、波長が合った私とは間もなく仲良くなれた。
"普通"とは少し違う関係だったが、彼女の隣はとても居心地がよかったのを覚えている。
2年生の夏の日まで、すぐそばにいた存在だ。
貴音だけじゃない。彼女を通して知り合った養護学級のもう一人の生徒・遥も、そのあとにできた文乃と伸太郎という名の2人の後輩も。
鍵がかかってる理科準備室の緑色の扉の前で、しばらく4人の友人たちの顔を思い浮かべていた。
巻き戻せば巻き戻すほど、こみあげてくる感情におされて口から言葉にもならない吐息が漏れ出す。2回目の溜息のあと、無意識に顔が俯きかけて――――丁度そのとき『ー?』『?あれ、どこ?』『そろそろ帰るよー』遠くから叫ぶ友人たちの声が廊下に木霊し、強制的に思考は現実へと戻される。
目頭を押さえ、指が濡れなかったのを確認すると、もう一度『理科準備室』と書かれたプレートに視線をやってから、私はその場を後にする。
「何してたの?」
校庭に行くと、怪訝そうな顔をした友人たちに囲まれた。すでに大半の生徒は帰ったみたいで、広い西洋チックの庭は大分静かになっていた。
私は適当に口を濁すと、笑いながら友人の背中を叩いて校門へ重い足を進ませる。
理科の成績が悪くて先生に強制居残りさせられた教室も、5人でよく集まった噴水も、毎日訪れていた養護学級の教室も、朝と夕方に挨拶を交わしていた下駄箱も。
全部を背に、桜の花弁が舞い散る校門へと向かう。
一緒に卒業するはずだった2人の友達と見送ってくれる2人の後輩がいない、晴れの日。