※ 某艦隊をこれくしょんするオンラインゲームとのクロスオーバーネタです。大丈夫な方のみどうぞ。





























午後7時。
今日はバイトを早めに切り上げたセトも含めて久しぶりに団員全員で夕食を囲むことになった。いつもより少し賑やかになる食卓。キドのつくった料理に箸を伸ばしながら、皆が楽しそうに会話に花を咲かせる中。


「…………」


シンタローだけがその輪に入らず、黙々と出されたものを口に運んでいた。
両目の下には寝不足を思わせる隈があり、顔色もどことなく悪い上に、箸を進めるスピードも普段と比べて比較的スローペースである。いつもと明らかに違うシンタローの様子に、談笑していた皆の視線が自然と集まりだす。
気がつけば私たち6人が一斉に箸を止めてシンタローを全員で凝視する、という少し奇妙な光景が出来上がっていた。


「おい、シンタローお前ちゃんと寝てるか?」
「……ああ?……ああ。」


見るからに不健康そうなシンタローに、キドが訝しげな表情をして尋ねる。


「眠れないの?大丈夫?」
「……ん、ああ」
「本格的に体壊す前に、生活リズム整え直したほうがいいっすよ」
「……そうだな」
「ただでさえ外に出る回数も少ないのに、さらに不健康なことしてどうするの」
「…………ああ、悪い」


続く、マリー、セト、モモの問いかけにも心ここにあらずという感じで応答する。「虚ろ」という表現がピッタリな弱々しい声色は、喋る度に消え入っていく。


「最近、深夜でもシンタロー君の部屋から声が聞こえてくるし。何やってるの?」
「……ちょっと」
「ちょっと?」


寝不足のそもそもの原因をカノが聞き出すも、シンタローは具体的なことを口にせず誤魔化すような一言を呟いた。シンタローはメカクシ団に入る前から夜型の生活をしていたから、夜中に起きて何か作業をしているという部分に突っ込みはしないが(どうせ一晩中パソコンをいじってるだけだろうし)この頃は自己管理が特に雑になっている気がする。引きこもり生活を終えた今では、日中に睡眠して夕方辺りから目を覚まして行動を始める、なんてリズムが狂った習慣を送ることもなくなっていたのだが、ここ数日はまるで以前に戻ったかのような暮らしぶりが目立つ。今日なんかは露骨に疲労が溜まってるのが見えるほどだ。

シンタローのことだからまた何かに熱中してるんだと思うけど(確か前は"でぃーてぃーえむ"とかいうので曲作りをするためにずっとパソコンに張りついてたりした)今回は一体どんなことをしているんだろうか。
まあ、なんにせよ。


「あんまり無理とか、しないでよ」
「ああ」


ぶっ倒れない程度に打ち込んでほしいものだ。
せっかく周りと同じように生活できるようになったのだから、逆戻りなんてしてほしくはない。

「休めば?」と声をかけたところで素直に頷く性格じゃないし、自分が納得のいくまで止まらない奴だということはこいつの幼なじみである私はよく知っている。その根気と熱意をもっと他のことに向けられないのかと思うこともしばしばあるが、今ここで意識が覚醒していないシンタローに説教をしたところで9割以上スルーされることは目に見えてるので、色々と口をついて出そうになるものを喉の奥にグッと流し込む。


夕食はそのまま割といつも通りに進み、案の定一番最後に食べ終わったシンタローは、ふらふらとした足取りで自室に戻って行った。






* * *








「あっご主人!遅かったですね〜今日はお箸が進みませんでした?いい加減少しでも寝たらどうです?」
「……いや、まだだ。それより……」
「遠征部隊の一つが帰ってきたので、長距離行かせておきましたよ」
「……そうか、サンキュ」
「バケツも結構ギリギリになってきましたねー。E-4突破する頃には空になってそうです」
「それはいうな」


パソコンの画面上を気ままに行ったり来たりしながら縁起でもないことを言うエネを口で咎め、机前の椅子をひいて腰掛ける。

――もう何十時間と見つけ続けてきた液晶を前に、再び気合いを入れるため両手で頬を2、3回叩き、画面にしっかりと目を据える。


「…………よし。今夜こそ突破するぞ」
「気合い!入れて!いきましょう!」


オレのやる気がオンになると同時にエネもはつらつな声を上げて"戦闘態勢"に入る。こいつの騒がしい部分や底抜けに明るい性格は普段はただ鬱陶しいだけの方が多いが、今は正直そのテンションに大きく助けられているのが事実だ。恐らくエネがいなかったらオレはとっくに寝落ちして12時間以上の睡眠コースに入っているだろう。時間経過が命取りになるこの状況で絶対に避けなければならない事態に陥ってないのは、100パーセントエネのお蔭だと思う。


「キラ付けは」
「全員分完了です!」
「疲労は」
「20分以上放置しました!」
「ダメコンは」
「消費した分積んでおきました!」


オレの問いかけにエネが元気よく返す。
こいつが意気揚々としているときは大体裏で悪巧みをしていたり、オレへの悪戯を考えてたりするのだが、今回は協力者として力を貸してくれている。何気にこいつと息を合わせて何かをするのは少なかったりするので、かなり新鮮な気持ちだ。裏がありそうだとか、今はそんな腹を探ってる暇はない。


「E-4はゲージ削りきってからが本番ですよ!」
「その本番に突入しても撃破できずに時間が経てばな……」


マウスを操作しながら画面上に浮かんでいる「出撃」の文字をクリックする。何十回、何百回と見慣れた"マップ"に入ると、陣形を選択してから自動で進む戦闘を祈りながら見守る。


「大破するな……大破するな……大破するな……」
「執念ですねもう」


エネがオレの方を見つつ若干引き気味に呟くが、ここまで付き合ってくれたんなら最後までテンションを保ってほしいものだ。自分の顔がどんな状態になっているのかが気になりながらも、画面から目は逸らさない。


繰り広げられる撃ち合いをガン見する勢いで眺めること数十秒。
オレの執拗な祈りが通じたのか、敵側の攻撃は全てミス。こちらの艦隊が一方的に相手を撃沈祭りに追い込むことに成功した。ガシャンという音と共に青いシャッターが閉じられ、次に表示された完全勝利の文字と鳴り響くファンファーレを聞き、思わず口角が上がる。


「……いいぞ」
「幸先いいですね!」


その後もマップの最深部にたどり着くまでに同じような戦闘を繰り返し、それもほぼ無傷の状態で切り抜けられたため、目的地に艦艇のアイコンが進んだときは若干変な方向にテンションが上がってしまい、何も知らない人が見たら間違いなく顔を引き攣らせて無言で立ち去るだろうという光景になっていた。


「オレは……突破するまで……何度でも……お前らのもとへやってくると……いっただろう……来てやったぞ……ウン時間ぶりにお前らのいる海域に……」
「ご主人早く陣形選択してください」


ふふふふふ……と我ながら不審者じみた笑い声を漏らしながら、左上の文字をゆっくりとクリックする。


「落とせなかったときのショックがデカくなるだけですから、焦らすのはやめておいた方がいいですよ」
「始まる前から負けるって決めつけんな。お前も祈れ」


思えば、ここまでたどり着くのだけでも長い道のりだった。

道中、下手をすれば一マス目で味方が大破を食らい、出撃して間もなく母港へUターンさせられたのは一度や二度じゃない。運よくほとんどダメージを受けずに目的地の手前まで来ても、そこで羅針盤の悪意に阻まれルートが逸れるなんてことも数えきれないほど経験した。その度に帰投、また補給、入渠でバケツをぶっかけては出撃の永遠ループなのだが、無論そうなると資材の減りが尋常じゃなく早いので、どんどんと減っていく数字を見るだけで精神的に不安定になったりした。
オレがそのことを口にしたとき、エネは「デイリーと遠征だけじゃ追いつきませんね〜この調子じゃ」なんて暢気に言ってたが時が経つにつれてそんなヘラヘラした顔も見せなくなり、非常に珍しいことにオレに気を遣い始めるまでに至った。……まさかこの挑戦がここまで長引くとは思ってなかったのだろう。だんだんとイライラと絶望が募っていくオレを流石にいつものように茶化す気になれなかったのか、今となっては始めよりも真剣に協力する姿を見せている。


「頼む……!」


PC画面に全身全霊を集中させて祈りを捧げるオレに倣って、エネもダボダボのジャージの袖同士を合わせて手を握るような仕草をする。

戦闘開始の文字が消えると同時にシャッターが開き、味方と禍々しい敵艦隊との激しい砲撃が開始される。


「旗艦を狙え……!旗艦を!」


目当てのマスにたどり着けたからといって、安心してはならない。
オレはここでも何度も涙を呑んできた。


敵艦隊5隻を撃沈させ、肝心の旗艦は無傷のまま戦闘が終了したり、高火力で敵艦に連撃を食らわせられたと思いきやHPが一桁残って無念にもシャッターが閉じられたり、昼戦に入って仕留めようと空母を編成したら、夜戦時はただの置物になる彼女らが痛い攻撃を食らって撤退せざるを得なくなったり、かといって数を減らして4隻で挑めば道中被弾する回数が増えて引き返すことが多くなったり、いざ最深部にたどり着いたとしても肝心の上から2、3隻目の敵を撃破して昼戦に入らずに戦闘が終わったり(旗艦は落とせていない)で、たった一つの海域を突破するだけでもオレのストレスは溜まりに溜まった。

多分、数十年分の疲労をこの十何時間で蓄積したと思う。
頭を抱えて叫びたくなることも多々あったが、たちがいることを考えると迂闊に大声も出せない。特に寝不足で顔色も良くないのに、ここで更に絶叫なんてしたら確実に頭を心配されるだろうし、もしそうなったらやモモはオレをどうしてでもベッドに入らせようとするだろう。さっきも言ったが今この状況で時間経過は命取りになる、だからなんとしてでもどれだけ体を酷使しようが休むわけにはいかないのだ。




数十秒後。
そこには食い入るように画面を見つめるオレの姿があった。
前のめりの体勢になり、あとほんの数ミリで鼻とモニターが触れ合ってしまいそうな距離だ。

全員のターンが終わり、閉じられる青いシャッター。

色を失った5隻の敵艦と―――― 一番上の戦闘開始時と同じ彩色をした黄色い吹き出しすら表示されていない「それ」。――――輝く勝利の文字に「A」のアルファベットが右横に並んだ。




「―――――――…………ああああぁぁぁあぁああぁぁあ……」


力のない唸り声をあげつつ、オレは垂直にキーボードへ頭を落としていた。


「ご主人!」


スピーカーからエネの慌てた声が聞こえるが、今は生憎応答してやる気力もない。
気絶したようにピクリとも動かないオレを心配しているのか、普段より焦り気味なたどたどしい台詞が聞こえてくる。


「ま、まだ希望はありますって……!資材も底をついてませんし、バケツも……。ほ、ほら今だって順調にボスまでたどり着けたんですから、このリアルラックが続けば、まだ、希望が……」
「……何時間も詰まり続けてるオレにリアルラックがあると思ってんのか……」
「あ、……いいや!えと……と、とりあえずちょっと休憩を挿みましょう!トイレと食事とお風呂以外はずっとパソコンの前に座りっぱなしじゃないですか!ほら――なんか甘いものを食べるとか!脳を活性化させるのに持って来いですし!なにかデザート的なものを食べて息抜きでも……」


現在顔をキーボードに伏せているため、エネがどんな表情をしているのかは分からないが、いつもはムカつくくらいに饒舌なこいつが言葉を選んで喋り、尚且つオレのことを本気で気遣ってるようだ。
こんなふうに普段から思いやりがあったら……と一瞬考えたが、今はそんな思考を巡らせるのさえも疲れが溜まる。少しでも睡眠をとればある程度回復するのだろうが、一度目を瞑ってしまったら最後。明日のこの時間まで寝てしまいそうで怖い。かといってこのまま続けるかといわれたら、それはそれでまた疲労が募りそうだ。……ここはエネの言う通り、少し休息を挿むのがいいかもしれない。


「………………そう、だな」
「! ええ、絶対そのほうがいいです!ロクに頭が回らないままやってたらうっかり大破進軍とかやらかしちゃったりするかもしれないですし!」
「……ああ」
「戦法を変えないでこのまま頑張るんでしたら、その気力をつけるためにも休みましょう!」
「ああ」


――確かに、身体的にも不安定なこの状況ではいつか重大な手違いを犯してしまう可能性が高い。手塩にかけて育て上げた艦をそんなミスで失ってしまった日には当分落ち込むことになるのは間違いない。普段は主力として使ってない艦でも、沈ませるのを想像しただけで気分が悪くなるのだから余計だ。


このゲームには、進行が滞ったときやスムーズにマップを攻略したいときなどに用いられる「捨て艦戦法」なるプレイスタイルが存在するが、オレはそのやり方には同意できないプレイヤーの一人だ。
「捨て艦戦法」とは捨てても構わない、ゲーム中の用語を使うと"轟沈しても構わない"レベルの低い艦(主に駆逐艦)を戦闘海域に突入させ、道中中破・大破しても無理やり進軍を続けて目的地までたどり着く戦法のことである。

本来なら、轟沈を避けるために艦が大破したら撤退するのが基本だが、"捨て艦"がいればそれが大ダメージを受けて最悪沈んでしまっても痛手にならないため、一々途中撤退をせずに駒を進められるというわけだ。
手っ取り早くいうと、特攻。
海域を攻略するための捨て石。

自殺させることと変わりがない後味の悪い方法なため、オレは実行する気はない。
よって、どんなに時間をかけてもプレイが進まなかったとしても、オレは今のまま攻略を続けるつもりだ。


「悪い。ちょっとなんか食ってくる」
「急がなくていいですからね!」

顔を上げてモニターの中にいるエネにそう告げると、椅子をひいて立ち上がる。疲労と睡眠不足でふらふらな足を一歩一歩動かし、冷蔵庫を目指して部屋を出る。







* * *









不安定な足取りでシンタローが自室から出てきた。
心なしかさっきの夕食のときより疲れが見えるが、本当に一体なにをやったらここまでクタクタになれるのだろう。働いてもないのに。


「キド、なんか甘いモンねえか」
「甘いものか?……プリンなら冷蔵庫にあるが」
「それでいい。もらってもいいか?」
「あ、ああ……」


キドもシンタローのあまりの生気の薄さに、戸惑いながら応答している。
ていうかなんで今また食べるんだ。食後には甘いものを、なんて習慣、シンタローにはないはずだ。


「…………」


キドが冷蔵庫から取り出した、スーパーなどでよく見かける3連セットのプリンを一つ受け取ったシンタローは、食器棚の方を向いて一番手前の引き出しを開ける。それを見ていたキドが「スプーンはそっちじゃない。こっちだ」と隣の引き出しをひいてスプーンを取ると、ボーっとしているシンタローに手渡す。何を考えてるのか、もはや何も考えていないのか分からないシンタローは二つを手にアジト中央にあるソファに腰を下ろす。

……この様子じゃ、下手すると夕食より食べるのに時間がかかるかもしれない。


「だとしたら、今のうち……」


スローモーションのような動きでシンタローがプリンの蓋に手をかけるのを見てから、私はこっそり彼の部屋に近づいた。






* * *








「まず傷ついた娘を入渠……小破未満の娘はゆっくり入らせてあげましょうかねー。駆逐艦だから時間もあまりかかりませんし」


ご主人が甘いものを求めて部屋を出て行ったあと、私は帰投後の艦隊のドック入りと補給の作業をしていた。画面上を動き回ってメニューボタンに触れながら、次の出撃に備えて艦隊の準備を整える。ついでに帰ってきていた第三部隊を次の遠征に出発させ、任務クリアのチェックもする。


「私ってば、我ながら有能なAIですね〜」


手慣れた動きで次々と"提督業"をこなしていく自分を褒めながら、今度は演習の相手を確認する。本来ならこういった一連の作業は提督であるご主人が一人進めるものなのだから、今回は本当に私に感謝してほしいものだ。


「にしても」


世話しなく動かしていた手をとめ、向き合うようにして画面を見つめる。そこに表示されているのは計5人の他プレイヤーのデータ。全体的にご主人よりレベルが高い人ばかりで、中には司令部最高ランクの人も混ざっている。

実際このゲームにはランキングというのも存在していて、戦果を稼いでその上位に食い込む人たちはみな"ランカー"と呼ばれている。サーバーによって上を目指す難易度は変わり、特に初期に解放されたサーバーでは"提督"を職業としている人間しかランキング一桁に入るのは至難の業だといわれている。そんなにやりこんでる人は恐らくほぼ一日中画面の前に張り付いてる自宅警備員だろう。そこまでしてゲームにのめり込めるのか。時間があるのならもっと現実で頑張ればいいのに、なんて台詞は私が口にすれば壮大なブーメラン発言にしかならない。


「……」

ぼんやりと昔の記憶が頭に浮かび、少し懐かしい感覚にとらわれる。
最近ネット上で話題になってるオンラインゲームがあるらしい、と気軽なノリで始めた"これ"にご主人はものの見事にどっぷりハマり、今では寝る間も惜しんでプレイを続けるようになってしまった。

あの頃の私は徹夜なんてとてもできない体だったが、今はこうして疲れ切ったご主人とは裏腹に元気いっぱいにゲーム進行の手伝いをしている。普段はご主人が何かをやり始めたら横やりを入れたり茶化したりする自分も、今回は昔の感覚におされ、協力という形で一緒にプレイを楽しむことにした。




「……っと、いけません。そろそろ第四部隊が遠征から帰ってきますね」


軽く頭を振って過去の記憶をしまい込み、母港に戻る。
ダメージを受けていやらしい格好になっている秘書艦を横目にもう一度入渠をチェックする。先程帰投した際に比較的軽症ですんだ2隻と、それ以前からドック入りしている中ダメージ2隻の合わせて4隻が修理の真っ最中だった。なるべくバケツの消費を抑えるため、時間経過の回復を優先している。軽症の艦があがったら満身創痍の旗艦を入れて、その際にはバケツをかけるつもりだ。


「ご主人はまだでしょうか」


部屋を出て行って数分もたっていないが、すぐに戻ってこないということはあっちで食べてるんだろうか。
「何か食べてくれば」と促したのは自分だが、することがなくなると途端に退屈になる。モニターの中で遊泳しながら暇つぶしをしていると不意に入口のドアがそっと開いた。






* * *








さん……?」


電気すらつけられていない真っ暗な部屋の一角でパソコンの光だけが爛々と輝いている。そのスピーカーから聞こえてきた控えめな私を呼ぶ声は間違いなく、


「エネちゃん」


静かに扉を閉めて、部屋の隅の机の上にあるパソコンに近づく。室内は片づけられているようで、視界不良な中でも物に躓くことはなくすんなりと目的の場所にたどり着けた。引きこもり時代から部屋だけは変に綺麗なのだ、あいつは。


「どうされました?ご主人は……」
「あっちでプリン食べてるよ。……何してるのか、気になって」


シンタローが居間でプリンを食べてることを伝えると、エネちゃんは「プリンですか」と小さく驚いたあと、私に背中を向けてぷるぷると肩を震わせた。寝不足のシンタローが一人で黙々とプリンを貪ってるのを想像したのだろう。そこに笑いの要素があるのかは私にはよく分からないが、冷静に思い返してみるとそれなりにシュールな画だったので、確かにエネちゃんなら食いつきそうな光景だなと思った。


「えっと……シンタローはここ最近なにをしてるの?」


再びこちらに振り返ったエネちゃん(まだ笑いの余韻が残ってるのか頬が引き攣っている)に、この頃ずっと気になっていたことを尋ねる。パソコンを使って何かをしている、というのは分かるのがだがパッと画面を見ただけでは詳細を把握できない。以前は曲作りに没頭していたけど、今回は一体どんなことをしているのか。
「出撃」や「補給」・「改装」、「編成」、その他難しい漢字が二つほど円状になって並んでおり、その右横にエネちゃんが浮いている。後ろにイラストっぽいものがあるみたいで、エネちゃんの影からチラチラと人の体の部位が覗いている。


「あっ……えーこれは……」

私の質問にエネちゃんはたどたどしく答え始める。
画面の端に目線をやりながら、困った顔で回答に詰まる。


「えーっと……まあ、その、ゲーム……といいますか」
「ゲーム?パソコンで?」
「はい、オンラインゲームってやつです」
「お、」


おんらいんげーむ…………?
パソコンを滅多に触らない私にとってはあまり耳慣れない言葉だ。
詳しいことを聞いたことはあるような、ないような……。そういえば前テレビで一日中「パソコンゲーム」に張り付いてる"ハイジン"の話題を取り上げてた気がする。部屋に籠って一日の大半をゲームに費やす生活を送るのが"ハイジン"の特徴だと大まかに言っていた気がする。特に興味を持って見ていたわけではないので細かい内容はほとんど覚えてないが。
もしかしてシンタローはその"ハイジン"とやらになってしまってるのだろうか……?

考え事をする私の顔を窺いながら、エネちゃんは肩を窄めて口元を引き締めてから言う。


「あ、あまりご主人を叱ってあげないでください……」
「え?」
「確かに、最近パソコンに張りつきっぱなしで体調を崩す寸前まできて、さんや皆さんに心配ばっかりかけて……ぶっちゃけダメ人間度が加速してますが、その、もうすぐイベントも終わりますので、せめてこの間だけでも見逃していただけると……」
「イベント?」


気になる単語がエネちゃんの口から出てきたので聞き返してみるも、エネちゃんは「あ、あは、あははー……」と乾いた笑いをわざとらしく浮かべて液晶内を遊泳するだけだ。何かを誤魔化すような態度がひっかかって、追及するつもりで唇を開きかけて――――――



「…………」



私の視線はある一点に吸い込まれる。
そこは今までエネちゃんが居た場所。現在彼女は画面の上の方で浮いている。位置を移動したからには、当然それまでエネちゃんの体で隠れていたイラストが露になる。前にいた者がいなくなって、私の目に飛び込んできたのは――――


「……!!」


女の子、だった。
無残に服が破かれ、頬を赤らめて恥ずかしそうな顔で羞恥に耐えるような表情をしている可愛らしい女の子の画像。
かなり際どい部分まで肌が晒され、かすかに下着も確認できる。

これは、どうみても、


「えっ、あっ……!さん、これは――!」


私の目線に気付いたエネちゃんが何かを言いかけたようだか、もはや私の意識はそちらにはいかない。
多分、今の私の顔は赤くなっていることだろう。鏡がないためどこまで染まってるのかは分からないが、みるみるうちに温度が上がっていくのが体感で理解できる。




「シ、シンタロー!あ、あんた、なんてゲームしてるのよ――――!!!」






* * *








「いやあ、まるで彼女か妻にAVが見つかった男性みたいに滑稽でしたよ、ご主人」
「……うるせえよ」


意地悪い笑みを顔に張り付けて、エネがオレをからかう。
こいつに勧められて居間で甘いものを補給していると、いつの間に侵入したのかオレの部屋にがいた。しかもタイミング悪く大破した艦娘のイラストを見られ、危うくとんでもない勘違いをされるところだった。あの時のの大声でオレの半分夢の世界へ旅立ちかけていた意識は現実世界に帰還し、結果的に完全に目が冴える形となった。軽く頭も叩かれた。
最終的なこの状況といい、休憩を勧めてきたところから全てエネの策略なのかと疑ったが、断じて違うと本人は否定する。一旦話が落ち着いた今でも正直まだ信じ切っていないが、もしこれがただの偶然だったのなら、最近のオレの運のついてなさにも納得できてくる。不運は続くものだ……。

なんとかを説得して、オレがやってるこのゲームがが考えてるようなものではないことを理解してもうことに成功したが、それでまた一気に疲れが溜まった。ここまでくるともう全てを投げだしたい気持ちにもなるわで、そう思うと逆に気が軽くなって落着きを取り戻せた。
……いいのか悪いのか判断しかねる現状には溜息しか出ない。


「つーか、帰投したらすぐにバケツかけろよ……」
「軽症の娘たちがあがったら入れようと思ってました!」


トゲトゲした声で腕を組んでそっぽを向くエネ。「ていうか次の出撃までの準備を全部整えた私への感謝の言葉の一つは……」とぶつくさいいながら膨れっ面で愚痴を零し始める。ここで無下にすることを言ったら面倒臭い展開になるのは目に見えてるので、無難に「ああ、それはありがとうな」と返すと、パッと表情が変わりいつもの自信満々な姿に戻る。「いいってことですよ!」ある意味扱いやすい奴だ。
にあらぬ勘違いをされる原因となった第一艦隊の旗艦にバケツをかけ、出撃前に演習をチェックする。エネが言っていた通り単艦放置している有難い提督がいたので、キラ付けするために勝負を挑ませてもらう。他4人の艦隊データもチェックするが、やはりこの時期は皆コメント欄でイベントの進行状況などを呟いたりしている。すでに新実装された娘がいたりする艦隊もあれば、攻略に手間取ってるオレみたいな人もいるようだ。
同じ目標を持った顔も知らぬプレイヤーたちを眺めていると、なんとなく頭の中で思い出されるものがあった。


「そういえばさ」
「はい?」
「2、3年くらい前も、これと同じくらい……いやそれ以上に流行ったオンラインゲームがあったよな」


一度過去を遡ると色々な出来事が脳裏を掠めるが、その中で、今、欲しい記憶だけを頭の隅から引っ張り出す。


「えーとなんだっけ……。DEAD BULLET……198……9?だっけ。そんな感じの……。全国大会とかも開かれてかなり話題になったやつで……エネ、知ってるか?」


内容は確か、物騒な武器を手に次々とゾンビを殺していくグロテスクな殺戮ゲームだったはずだ。オレが今プレイしているものとはビジュアルも印象も全く正反対の殺伐としたもので、主に男性プレイヤーから厚い支持を受けてた作品だ。その頃と現在とでは流行ってるゲームの中身に全くといっていいほど違いがあるが、数年で世間の傾向とやらはここまで変わってしまうものなのか。
虐殺系のリアルグロテスクから艦艇を美少女擬人化した萌え系これくしょんゲームへ。時代は意外と目まぐるしく変わっていく。


「あー…………そう、ですね。なんか聞いたことあります、それ」


四六時中インターネットの世界にいるエネならタイトルくらい耳にしたことがあるだろうと話題を振ってみたら、案の定聞いたことがある題名だったようだ。それほど興味もないのか返答はあっさりとしたものだったが、


「意外だな」
「え?」
「お前ってゲームとか好きそうだし。オレに隠れて登録とかしてやってるのかと思ってた」


以前、メカクシ団員と行った遊園地で何故かオレがシューティングゲームが得意なことを知っていたり、今回はノリノリでオレのプレイに付き合ったりしてくれたもんだから、こいつってもしかしてゲームとか好きなんじゃないかと思ったが、反応はやはり薄くて本音は読み取れない。



「……そう、ですね。嫌いじゃないです。むしろ――――」



オレから視線を逸らして、台詞を全て紡ぎ終える前に口を固く結ぶエネ。「むしろ」から先の言葉が気になったが、オレがその続きを促すことはできなかった。なぜなら。

次にオレと目を合わせたときには、いつもの天真爛漫な笑顔がその顔にのっていたから。



そうこうしてるうちに演習は終了していたようで、輝かしいSの字が画面に表示されていた。


「あ、演習終わりましたよ!S勝利でキラ付け完了ですね!さ、クリアするまでE-4攻略、頑張りましょう!」



記憶の中の思い出を揺さぶられるような感触を心のどこかで味わいながらも、それが何なのかが分からないまま、オレは思考を打ち切る。
早く早くと急かすエネに従って、少しの休息と昔の話題を挿んだE-4攻略が再開される。見慣れたマップに突入した頃には、オレは先程感じた違和感など、とっくに忘れ去っていた。




暁 と

                                           い つ か の

水 平 線