藍色の空に数えきれない程の星が瞬いている。穏やかに吹く夜風は草木を撫で、耳障りの良い音を暗闇に響かせる。揺れる風鈴と、何処からか聞こえてくる虫の鳴き声と、池を悠々と泳ぐ鯉の時折水面を蹴る水音が、静かな夜の中で心身を落ち着けるBGMとして鼓膜を擽る。
薄い着物一枚で丁度良いくらいの気温となったこの頃の夜は、外に出るのに正に絶好の時期といえた。
体が震えることもなく、汗が肌を伝うこともなく。ゆるい風は優しく頬を掠め、灯りのない景色は日中とは違った詫び錆を演出してくれる。

陽が出てる間はあちらこちらから飛び交う刀剣男士達の声も今はなく、全員一日の活動を終え床について寝息を立てている。
部屋を出る際に見た、同室の大和守安定の寝顔を思い出して、静寂に息を一つ零す。今日はなんだか布団に入る気にならないのだ。人間の生活には慣れたし、寝心地や居心地が悪いというわけではない。悩みを抱えてる訳でも、何か考えないといけないことがあるわけでもない。ただ、なんとなく。閑散とした夜に一人、縁側で腰かけて庭を眺めながら眠たくなるまで、ぼうっとして過ごすのがいつからか習慣になったのだ。

このままでいればあと半刻もしないうちに眠気がやってくるだろうと、そんなことをぼんやりと考えていると――沈黙を切り裂くように鳴ったのは、ギィ、という板が軋む音。


「…………」


扉に風でも当たっているのかと思ったが、それはどんどんと音量をあげてこちらに近づいてきている。ギィ、ギィ、とゆっくりと。気配を感じて発生源のするほうへ顔を向け、闇に包まれた廊下を見つめていると――


「加州?」


抑揚のない聞き慣れた声が降ってきた。同時に、月明かりに照らされて浮かび上がったのは小柄なシルエット。傾げた首に合わせて肩まで伸びた薄紫の髪が靡く。――内番用の制服を着こんだ骨喰藤四郎は頭上に疑問符を浮かべ、歩を進めていた先に居た打刀の名を呟いた。


「ん、骨喰か」
「何をしてる」
「とくにー?なんか眠れないから、ぼうっとしてんの」
「そうか」
「そっちは?」
「同じ理由で、少し散歩をしていた」


淡々と受け答えをすると、「あー、一緒かー」と気の抜けた声を出す清光。空いている隣を掌で軽くぽんぽんと叩く彼の動作を見て言いたいことを察した骨喰は、そっと其処へ腰を下ろす。


「珍しいね?」
「そうでもない。たまに……いや、割りとこういうことは、ある」
「……そ。俺もね、なんとなく。物思いに耽るってわけでもないけど、皆が寝付いたあとに、ここで一人でいんの。眠くなるまで」
「うん。同じだ」


ふっ、と声もなくお互いの口端から小さな笑いが漏れる。「こうやって話すのも久々だな」平坦なはずのアルトボイスが清光の耳には懐かしさを込めた同僚への友好的な台詞に聞こえる。


「だね」


加州清光と骨喰藤四郎は、がまだ未熟で本丸にも刀剣男士が揃ってなかった頃から、同じ一軍の隊員として幾多もの戦場を駆け抜けた仲であった。今となっては練度は最高に達し、後から来た刀剣達に座っていた場所を譲り、切り札として駆り出される以外では本丸に待機している毎日を送っているが――出陣がなくともそれなりに忙しい日々の中。なかなか顔を合わせて満足に会話する機会もなく、かつてずっと共にあった時期が遠い昔のように感じられる程だった。――しかし。


「せっかくだし、もっと話そうか。欠伸が出るまで」
「ああ。いいな。積もる話がたくさんある」
「俺も俺も」


僥倖は突然に。
二人しかいない静かな夜は、さながらその為に用意された部屋のような。少し昔を思い出して語り合おうか。