「なんだいその目は」
実に痛ましい光景だった。
服には無数の切り裂かれた跡があり、そこから覗く肌は血に濡れていた。破壊された防具はほとんどが原型を留めておらず、膝下まであるストラも不格好に短く分断されていた。
出陣前と変わらないのは鞘に収まった刀が健在であることと、何にも揺るがないような引き締まった表情を湛えているということだった。
――そんな進軍を続けた末の中傷状態で帰還した長谷部は、満員の手入れ部屋の前で枠が空くのを、縁側に腰掛けながらじっと待っていたのだが。
「いや、……なんだ、これは」
長谷部の姿を見つけるなり、眉間に皺を集めてズカズカという擬音を携えながらやってきた歌仙。日頃から反りが合わず売り言葉に買い言葉な会話を繰り広げるのが日常な相手なので、傷をつくって帰ってきたことに嫌みの一つでも投げられるかと思い込んでいた長谷部は、珍しくパチパチと瞳を瞬かせた。
今彼の肩にかけられているのは、歌仙が普段見にまとっている外套。近寄るやいなや、それを丁寧に羽織らせた歌仙は、戸惑いの滲む視線を寄越してきた長谷部に対し、不機嫌そうな色をいっそう強めた声で言う。
「その格好は視界に入ると見苦しくてかなわない」
一見ぶっきらぼうに聞こえる言葉。実際、眉根は寄せられ、誰がどうみても上機嫌などとは言えない様子である。しかし、いつもはきちんと整えて気を遣っている髪型をがしがしと掻き、片手を腰にやって目線を泳がせる動作から――長谷部は歌仙の心の奥底にある感情を察知し、締まった唇をほんの少し緩めると、小さな息を吐いた。
「借りておく。傷が風に晒されなくて済む。この状態のままでは部屋にもあがれないしな」
「……ああ。良識のある範囲で好きに使ってくれたまえ」
貸しでも何でもないのだからな」
最後の一言だけは長谷部を見据えてハッキリと口にした歌仙。返事を聞く前に踵を返し、振り返ることもなく再びズカズカと去っていくその青い背中を見て、長谷部の口から行き場のない温かな溜め息が漏れた。