「横隊陣」

前方。揺らめく陽炎のように禍々しい殺気を放ちながら陣形を作る六つの影を捉えた。偵察を行っていた隊員の一人である蜂須賀虎徹は、情報を待つ隊長へその一言だけを告げると、次に出される指示を待つ。他の四人も同様に敵を見据えると、戦大将の堀川国広へ視線を移動させ、布陣を敷く姿勢に入る。


「鶴翼陣展開。歌仙さんと長谷部さんは左右翼の先頭へお願いします」
「ああ。任せてくれ」
「分かった」


堀川に指名された二人の打刀――澄ました顔で前へ出る歌仙兼定と引き締まった表情で短い返事を返したへし切長谷部は、互いへ一瞥を投げると、同時に眉間に皺を寄せる。仰々しく肩を上下させて溜め息をつく歌仙は何か言いたげに首を横に振り、それを見た長谷部は浅紫の瞳を忌々しげに細めて小さく舌を打つ。


「……お願いしますね?」


まるで敵に向けるような殺伐とした空気を撒く二人の様子を見て、横に広がった隊の中央へ移動した堀川が釘を刺す。


「今は喧嘩してる場合がやない。集中しちょき」


懐の拳銃を奥に忍ばせ腰に差した刀を握り込む陸奥守吉行もまた、両端で険悪な雰囲気を纏う二人に苦言を呈する。
蜂須賀と鶯丸は一連の流れにあえて口を挟まず、堀川の隣に並ぶ。全員が配置についた丁度その時、遠くにいる標的が黒い体を蠢かせたのが分かった。
必要のない緊張感が生み出されたまま、三日月型に広がった部隊は、堀川の一声で、遠方の敵へ向かって一直線に突き進んだ。



振るう。薙ぐ。刺し貫く。
馬を操りながら遡行軍の攻撃を紙一重で躱し、確実な一撃を漆黒の肉塊へ叩き込む。相手との接触が早かった歌仙と長谷部の攻撃を皮切りに次々と味方の刃が牙を剥き、順調にその数を減らしていく。人の形でさえない短刀は木っ端微塵に吹き飛び、華奢な脇差は身を砕かれ、重い肉体を持った打刀も刀剣男士の手で暴れる白刃には叶わず、抵抗虚しく斬り伏せられる。
戦闘に突入する前――不穏な仲間内での争いが繰り広げられそうだったことなど嘘のように連携し、全員が全員の動きを把握し、無駄な動作を省いて敵部隊を殲滅に追い込む――実に鮮やかな光景がつくり出されていた。


気づけば随伴の刀剣は一振り残らず残骸となっており、大将首である大太刀だけが破壊済みの白銀の中で両の足を地につけていた。


――あいつを屠れば。
圧倒的な威圧感を放つ巨体に瞳を固定し、鶴翼の先端にいた歌仙と長谷部がほぼ同じタイミングで目標に向かって馬を走らせた。速さは同等。主人を乗せた小雲雀と三国黒は、命令に従い一直線に土を蹴る。



「ぶつかっ……」


二人が動き出した瞬間を一歩引いた位置から見ていた蜂須賀が、目を見開いて二頭が向かう先を確かめる。疾走している馬に騎乗している両者は眼前の敵しか見えていないのか、周囲に目を配る気配すらなく、ただひたすらに突進していく。
陣形の外側に居た二人が今度は逆に、揃って内側へ向かって行っているのだ。このままでは敵の大太刀に接近する前に衝突してしまう可能性が高い。まだ距離はあるが、声は張り上げたところで音に遮断されてしまうだろう。馬を動かそうにも一瞬の判断を下す隙を逃してしまった。――どう、すれば。必死に思考を巡らせていると、突然真横で吹いた風が蜂須賀の長髪を舞い上げた。


「世話の焼ける……」


呆れ気味に呟かれた小さな声が耳を掠める。目線で突風の正体を追えば、それは既に前を走っており、言葉を吐いた主は全力で駆ける望月に股がって敵大将の下へ突き進んでいた。
前には大柄な大太刀。そして左右からはそこへ向かっていく歌仙と長谷部。みるみるうちに距離は縮まり、ついには数秒後にぶつかり合うであろう所へ来た――その時。
跳躍。スピードを緩めない望月の背中を足の裏で勢いよく蹴りあげ、鳥の如く空へ飛躍した鶯丸が、手にした太刀を振りかぶり、敵大将の首根めがけて斬り込んだ。



「…………」


自慢の大太刀の切れ味も披露されないまま、頭部は宙へ跳ね、大きな体は重力に従って大地へ倒れ伏した。地面が揺れたような錯覚を抱かせるほどの重い音を立てて絶命した風景は、さながら伐採された巨木を思わせる重圧感に満ちていた。


歌仙と長谷部は直ぐさま馬を停止させ、お互いの距離が直進を続けていたら衝突を免れない角度にいたことを、ここで初めて知る。そしてバツが悪そうに顔を背けると、後を追ってきた望月を撫でる鶯丸に近寄る。


「ここは戦場だ。目の前のものだけに意識を奪われるな。伏兵がいたらお前達は格好の的になっていたぞ」


騎乗しながら言葉を紡ぐ鶯丸の声色は普段より幾分か低く、無意識のうちに二人の気が引き締まる。同時に、誉を獲得することだけを考えて隊を崩し、我先にと駆け出していた己の行動を振り返り、詫びる。


「……すまない。欲が先立って周りが見えていなかった」
「悪かった。意地に押されて陣形を乱した。隊を組む一員としてあるまじき行為だ」


流石にここで素直に謝罪をしない程頑固ではなかった二人は、申し訳なさを声に滲ませ、頭を下げた。


「ああ。……まあ、しかしだ。お前達が先制して敵を斬ってくれたお陰で俺達も思うような戦いができた。働きは申し分無い」
「うん。それは本当に助かったよ」


三人のあいだに、隊長である堀川が辺りへの警戒を保ちながら顔を出す。


「ただ、やっぱり、啀み合うのは、ね。程々に」
「見ていてすごくハラハラしたよ。どうなるかと思ったんだ」
「わしも見ちょったが。誉っちゃあいいけど、戦況にゃ常に目を配らないといかんな」


蜂須賀と陸奥守も集まり、珍しく沈んだ歌仙と長谷部の顔を見やる。
相変わらず和解する気はないようだが、自分の行動は反省しているようで、いつもは湧き出るように口から流れてくる皮肉や軽口も今は出てこなかった。
一通り応酬が落ち着くと、長らく同じ場所に留まっているのは危険だと言う堀川の警告と、本丸で待機している審神者・からの入電があり、出陣を切り上げて帰城との命が下された。


「ちなみにだけれど、今日、敵大将の首を取ったのは誰?」


通信を切る前に一つ、と。未来の機器から発せられるのそんな質問を聞いて真っ先に口を開いたのは、もちろん――――


「俺だ」


堀川の持つ機械に向かって鶯丸が胸を張って答える。


「鶯丸?よくやったね。脇差と打刀の部隊に太刀は貴方だけだから……いつもは率先して大将を狙えないでしょう」
「ああ。今回は色々あったんだが……まあ、細かいことは気にするな」


恐らくに誉められたからだろう。心なしか軽くなった鶯丸の声を聞いた歌仙と長谷部の二人は、揃って溜め息を吐き出す。意図せず被ってしまったそれに、もはや顔を顰めるのも面倒だと言いたげな表情をして、歌仙が気だるげな言葉を漏らす。


「漁夫の利、とは似て非なるが……」
「……。お前の言いたいことは解る」
「次からは正々堂々と、だ。互いを見失わずに」
「望むところだ。必ずや挽回して主から褒美を頂く。手は抜かん」
「ああ、僕もそのつもりさ。それまでせいぜい、折れないでくれたまえよ」