その日の鯰尾藤四郎の足取りは軽かった。
自らが隊長を務めた戦いから帰還すると、城の門をくぐるやいなや隊員に持ってもらっていた箱を受け取って軽やかに駆け出した。
庭を抜け、向かう先は審神者・のいる部屋。隊長として出陣先での戦果報告をするためでもあるが、本日は他にもう一つ、の下に持ち帰ってきたものがあった。
――主、覚えてるかなあ
両手で抱えている箱に視線を落としながら、少し前の記憶を思い出す。
比較的強力な遡行軍が跳梁跋扈を続ける戦場――厚保樫山に送り出してもらえるようになった際の、一月ほど前の出来事。実戦を重ね確かな実力を手にした者しか向かわせてもらえないそこへ、ついに鯰尾も隊の一員として力を振るう命が与えられたあの時。己の腕が認められたという高揚感に打ち震える唇で、に一つの約束を取り付けた。
『鯰尾藤四郎。必ずや、主の期待に添えてみせます』
――力強い、武士としての誉を手にするとの予告。もそんな鯰尾の決意を秘めた闘志に甚く感心し、勢いを持ち続ける鯰尾を暫くして隊長に任命した。
しかし。練度は申し分なかったのだが、如何せん同じ隊の刀剣が打刀や太刀といった、鯰尾よりも純粋に能力が上な面々ばかりだった故、なかなか誉を獲得できずにいた。力差だけはどうしても埋められず、一時は脱退すら頭に浮かんだが、諦めることなく敵を斬り続けた、その結果。
――でも、ついに、ついにやったんだ
――覚えてくれていなくても絶対喜んでくれるはずだ
――もしかしたら……褒美を頂けるかも
今日の出陣において、鯰尾はようやっと望んだものを手にいれることができたのだ。
への手土産として大事に箱に仕舞われたそれを、彼女に披露することを想像しては言い表せぬ充足感に身が包まれるのが分かった。
どんな言葉をくれるだろうと今にも舞い上がりそうな気分を抑え、不覚にも通り過ぎるところだったの部屋の前で姿勢を正す。入室の許しを求める一声を武者震いから上手く動かない舌で紡ぐと、すぐに障子戸の奥から許可を下す言葉が聞こえてきた。
「失礼致します」
畳の縁に触れぬよう入室すると、箱を傍らに置き、さっそく出陣先での細かな報告を開始する。鯰尾の対面に正座し、それを頷きながら黙って聞くは、一通りの経緯を傍受し終えると、区切りがついたところで鯰尾の側にある箱について言及した。
「あっ、これは……ですね、実は」
箱に話題が切り替わると、鯰尾は肩をぴくりと跳ねさせ、箱を自分が座る正面に移動させた。両手を蓋にかけ、自然と綻ぶ頬を隠せないままに穏やかな口調で語り始める。
「主、覚えていますか?厚保樫山へ行かせてもらえるようになったとき、俺、主のために戦果をあげて帰ってくるって言いましたよね」
無機質な箱をまじまじと眺めて首を傾げるに、鯰尾は一点の曇りもない笑顔で、次の一言と共に箱の蓋をゆっくりと取り払った。
「だから、持って帰ってきました。証拠を」
――かぱ、と間の抜けた音を発して露になる中身。鯰尾は恍惚とした表情で、眠っていたその塊を見つめた。
傍からすると、一瞬で生き物と判断するには難しい造形。
しかしその青黒い肌には、ハッキリと人体と同じパーツが散りばめられていた。――通常とは少々異なる形で、だが。
本来二つあるはずの目玉は一つが消失しており、黒い空洞からは細い糸のようなものが垂れ出している。健在である片方もとても綺麗だとはいえず、べったりと張り付いた毛髪に見え隠れしている。鼻には一筋の切り傷があり、既に乾いているそこは赤黒い線となって顔の中心に刻まれていた。唇は歪み、覗く歯列はところどころに穴がある。更にその下、ざっくりと切断された首根には鮮やかな鮮血と濁った朱色が纏わり付いており、面が平坦でない肉は、嫌な生々しさを湛えていた。ちらりと見える骨の先も砕かれたかのように不格好で、まだ少しのスペースがある箱の中には小さな肉片が点々とくっついている。
「大将首です」
「主、俺は貴方の期待に添えました」
「やっと……」
沈黙が横たわる空間で、鯰尾が瞳を潤ませる。待ち侘びた瞬間の中心にいる彼の双眸に、血の気を失わせるの姿はまだ映っていない。