落とした溜め息が静寂に溶ける、秒針が時を刻む音が鮮明に聞こえる部屋で。
鶴丸国永は書類作業に勤しむを退屈の滲む瞳で見つめていた。
近侍としていつも通り早朝に目覚めてから、主であるの身の周りの準備を行い、出陣と遠征に出発する部隊を見送り、内番に指名されている男士がしっかりと持ち場に入っているかを確認し――忙しなく本丸内を行き来する朝の時間が終わると、次はと二人で部屋に篭って今後の話し合いや作戦の考案、自身が受け持つ管轄の報告をしながら書類整理の補助をするのが日課なのだが――今日は一人で片付けられる仕事が多いということで、正午も回らないうちに手持ち無沙汰となったわけである。
始めは、いつどんな命が下されても動けるように正座しての斜め後ろに控えていたが、元よりじっとしているのが性に合わない性格だ。三十分もしないうちに集中力は途切れ、お決まりの台詞でに現状を嘆いた。
しかし、退屈だなんだと零しても仕事中の彼女が手を止めてくれるはずもなく、近寄って服の袖を遠慮気味に引っ張っても、顔はこちらを向くどころか『今は構えないから大人しくしていて』と言わんばかりに手を払われた。
ついさきほど朝餉の席にいたこともあり、休憩にしないかと持ちかけるのもまだ早い時刻。
遠くで賑やかに内番に励む男士たちの中に混ざりたい気持ちもあったが、近侍である以上を一人にもできず、さして広くないこの部屋に留まらざるを得なかった。
多くの場合はと雑談を交わしながら業務を行うのだが、政府からの要請が集中した日には彼女は迅速に返事を送り返さねばならないため、近侍とお喋りに興じる一時もない。
故に、鶴丸がじゃれるように後ろから抱きついてきても、正座している膝の上にちゃっかりと頭を乗せてきても、隣に座ってくっついてきても、無視する形になることがほとんどだ。
妨害とまではいっていないので、いつもその場の注意だけで済ませているのが日常である。
「一段落つくのは、いつくらいになりそうだ?」
「……お昼くらいかな」
筆を動かし続けるの背中に、鶴丸が穏やかな声で語りかける。それに対して彼女は紙面から目を離すことなく答える。
回答を聞いた鶴丸は、時計を見てまだ昼餉まで二時間以上の間がある事実を確認すると、再び小さく溜め息をついた。
暫しのあいだ、机に向かうの姿をぼんやりと観察していたが、変わり映えのないそれにやがて視線を逸らすと、何か暇を潰せる道具や書物はないかと部屋の中をきょろきょろと眺め始めた。
物が雑多に置かれていない整った空間で、鶴丸の目にとまったのは木製の引き出し。その中に仕舞ってある一つの存在のことを思い出すと、何かを思い付いたように腰を上げた。
一部刀剣の擦り上げの予定や歴史修正主義者が新たな場所に現れたという、緊急で届いた情報の処理を行うは、ひたすら真面目に目の前の紙に気を注いでいた。
時折眉を顰めたり、手が止まったり、髪を指でくるくると巻いたりと、近侍の鶴丸国永に気を配る余裕もないまま、なんとか早めに片付けようと奮闘していた。
そんな、彼女が作業する机の上に。
「!」
そっと、一羽の鶴が目の前に降りてきた。――近侍を彷彿とさせる真っ白な折り紙でできたそれは、彼女を見守るかのように、可愛らしく正面を向いて机上に置かれた。
音もなく引っ込んでいく、鶴を降り立たせた手を目線で追うと、ひと一人分のスペースを空けた横で、鶴丸が折り紙を広げて黙々と鶴を折っていた。
「……」
あちらが無言なら特に反応する必要もないかな、と黙って業務に戻る。
目が痛くなりそうなほど細かな事柄が記された資料や報告書を読むあいだにも、彼女の書類の周りを色とりどりの鶴たちが囲っていく。生みの親である鶴丸は一言も発さないまま、ただただ自分と縁のある鳥を紙で量産し続けていた。
「……いっぱい作ったね」
暫くして。幾羽もの鶴が半円を描いて群れを成す光景を前にしたは、せっせと折り紙を消費する鶴丸に話しかけた。
「ああ、きみが頑張れるようにな。……癒されただろう?」
彼女の声を聞いた瞬間、すぐに顔を上げて得意気な表情をして見せる鶴丸。細い指の先には赤い折り紙があり、また新たな一羽を作り出すところだったようだ。
だが、筆を置いて書類をまとめるを捉えた金色の瞳は、今日一番の輝きを湛えると、折りかけの色紙を仕舞って、次にはに背後から抱きついていった。
両腕を柔らかな腹にまわし、彼女を捕まえるかのようにして長い脚を胡座をかく体勢で交差させ、首元に顔を埋める。
「髪、くすぐったいって」
「終わったんだろ? 構ってくれないか」
「全部はまだなんだけど……」
「休息はとった方がいいぜ」
「あなたがくっつきたいだけでしょう?」
「はは、そうとも言うな」