耳を劈く轟音と共に、頭上で大輪の花火が咲いた。
側にいた博多藤四郎がそれに驚き、肩を跳ねさせて腰にしがみついてくると釣られて長谷部もビクリと体を硬直させた。
普段、戦場で耳にする以上の爆音。体には自然と力が入り、今は帯刀していない腰へ無意識のうちに手が延びる。――しかし、周りの人々の歓声と、ドン、ドン、と立て続けに響く音で、事前にから教わっていたことを思い出した長谷部はパラパラと夜空を彩る光を見つめた。


――……花火


規模にもよるが夏祭りの定番であり訪れた人達を魅了する、の時代の娯楽だと聞いた。
見渡してみれば、黒い空を背景にして鮮やかな光景を次々に生み出していく様に、周囲の目は釘付けだ。最初の一発に怯えていた博多も、すぐに慣れたのか、じっと空を見上げて、色とりどりに散る炎の花々を眼鏡越しの瞳に写している。
絶え間なく打ち上げられる様々な種類の花火。時折、一際大きな爆破音が辺りを支配し、群衆から小さな悲鳴があがるも、どこか楽しげな声はそのまま大輪が消える余韻に吸い込まれる。
頭に降ってくるのではないかというくらいの圧倒的な存在感を放つ一発は他と同様、間もなく闇に消えてしまうが、一度花開いた瞬間の景色は、脳裏に焼き付いて離れることはない。




「――間抜け面だなあ」


煙だけを空中に残し、打ち上げが小休憩を挿んだ丁度その時。長谷部の頬に白く柔らかな何かがあたるのと、呆れ混じりの声がかけられたのは同時のことだった。
聞き覚えのある低音に眉を寄せながら振り返ると、そこには、綿菓子が巻かれた割り箸を差し出してくる歌仙兼定の姿が。
己の口が、いつからかぽかんと開いていたことに指摘されて気づいた長谷部はいつもの引き締まった表情に戻ると、無言で割り箸を受け取った。

――根本の性格が合わず、おまけにお互い口が達者なので歌仙とは常日頃からぶつかることが多い。故に、思わず隙を見せてしまったことに居心地の悪さを感じて顔を背けようとしたのだが――


「主の時代の催しもなかなか風流だね」


今日に限って、敵意は微塵も見当たらないどころか、嬉しそうに頬を緩めている歌仙を前に、長谷部の調子も僅かに乱れる。
くしゃくしゃと頭を掻き、そういえばこいつの好きそうな祭事だな、と心中で呟いた長谷部は特に返す言葉も見当たらず、ふと思い浮かんだ疑問を吐き出した。手にした綿菓子に視線を注いで、


「ところで、何だこれは」
「主からだ。口に入れると噛む間もなく溶けていく不思議な甘味だよ」
「綿菓子っちゆうんばい!」
「ああ、君はもう食べたんだね」
「そうか……あとで礼を言わないと、だな」


ひょっこりと頭を出した博多の言う、白い物体の名称を小声で零すと、小さく開けた口で恐る恐る食いついく。舌に乗った途端、形が消えて、薄い砂糖の味が口内に広がる。次の一口も、その次の一口も同じく咀嚼の必要なしに跡形もなく溶けていく"綿菓子"を黙々と食す長谷部に、その様子をじいと眺めていた博多が話しかけた。


「ちょう、もろてもよか?」
「ああ」


既に何もついていない割り箸を片手に持っている博多は、長谷部が頷くと嬉しそうに指で綿をちぎった。
そう食べてもいいのか、と長谷部が感心したその直後――ひゅるひゅると鳴きながら尾を引いた光が、再び空に巨大な花火を開花させた。


地上を照らす上空を仰ぐと、沸き上がる歓喜の声々に混ざって――酒の入った日本号の軽快な鼻歌と、兄二人の手を引く興奮を抑えた小夜左文字の声と、弟たちを率いる厚藤四郎の元気の良い一声がどこからか、聞こえてきた。