Love makes the world go round.

「今日から、俺のものね」


吊り上げられた口元と、愉快だと笑う瞳の色が黒だとするならば、透き通る硝子のような声は白だろうか。
なんとも不釣合いで―――だからこそ、不気味さが際立っている。
じわり、と胸に沁み込むその囁きは、もしかしたら悪魔そのものが降らしたのではないかと思った。







「ふぁっ…ん、あっ……」


艶かしく、無理矢理発声させられているに近い嬌声。
聞き覚えがある。
記憶を手繰り寄せて思い出そうとしたが、脳がそれを頑なに拒絶し、思考を巡らせるという仕事を実行に移さない。まるで機械がウイルスに侵入されたかのように、データを掘り起こそうと試みる主人を完全に無視する形で、脳は働くことを拒み続ける。そして、記憶の断片を掴んだ時。ある事実に気がつく。



これは、自分自身の声だと。



音声だけが鮮明で、視界の所々には霧が発生していて、映像はよく見えない。しかし、確かに過去にインプットされたものに間違いはない。ほぼ無地と肩を並べる空間の中、何をするわけでもなく、静かにぼんやりと映る一コマを傍観していた。
やがて場面は変わり、鈍い音が耳に飛び入ってくる。鼓膜を抉られる錯覚を覚えるほどの心地の悪い効果音が、辺り一面に木霊しては何度も跳ね返ってくる。次第に不良だった視界もはっきりとしてき、二度と目にしたくなかった光景がアップで映し出される。


束縛され、甚振られ、傷つけられ、嬲られ、全てを奪われ、壊された。


今まで受けてきた行為の総集編が目の前で再生されていく。
目玉は釘で打ちつけられたかのように固定されていて、背けることさえもできない。
先刻まで喘ぎ声だった痛々しい悲鳴が、脳髄を焼く。


―――見たくない。聞きたくない。いやだ。いやだ。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて……!!








「…っはあ……!」


汗でびっしょり濡れた服を、上半身とともに持ち上げる。


「……ッ」


激しい運動をしたわけでもないのに、心臓はドクドクとスピードを増して音を立てる。
身体が熱い。頭も痛い。おまけに吐き気もする。
実に最悪の目覚めだ。


「うっ……」


口を両手で覆う。消化物が食道を遡ってくる嫌な感覚を必死で耐え、寸前で嘔吐物として外に吐き出される前に、喉の奥へと押し戻した。無論、出してしまった方がすっきりするのだが、今彼女―――の置かれている環境を見る限り、それは無理な話だった。



部屋の外側から、鍵がかけられているから。



内側からは勿論開けられない、所謂閉じ込められた状態なのだ。
真っ先に洗面所を目指さなかったのは、自分が今いる部屋の仕組みを理解していたからに他ならない。



これで、何度目だろうか。過去の出来事の夢をみるのは。
未だに脳裏に付着して消えない残酷な「メモリー」は、意地でも当人を逃がしたくないらしく、周期的に夢の中に現れては、その上映を繰り返すのである。




鎖で繋がれてはいないものの、部屋に監禁されるという、強い独占欲を持った上での、束縛。また、身体に傷をつけるのも一つの愛情表現だと言って憚らず、ナイフの刃を遠慮なく向けられては、肌を裂かれた。時は強引に性交を要求され、否応を示す前に犯された。抵抗する力などはもっていない。初めのうちは脱出を何度も謀ったが、しだいにその気力も削がれ、どうあがいても臨也の手からは逃げ出せないと分かってからは、大人しくここに留まるようになった。


折原臨也。に絶望と苦しみを与え続ける張本人。
彼女自身と彼女の持つ全部は、この男が握っている。

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