「おはよう、」
「おはようございます臨也さん」
世間一般と同じく、朝の挨拶を交わすことから一日が始まる。
「なんか、顔色悪くない?」
「え?そんなことないですよ」
「……そう」
実をいうと、臨也はが定期的に悪夢にうなされているのを知っている。そしてその原因が自分にあることも。は上手く隠し通しているつもりらしいが、臨也にとっては既にお見通しの事実だ。
「朝食できてるから、もってくるね。着替えてて」
「はい」
臨也が鍵を閉めて部屋を出ると、同時には服のボタンに手をかけてパジャマを脱ぐ。生活をする上での衣服は全て臨也のチョイスであり、彼の趣味が丸出しのものばかりだ。今日用意されていたのは、真っ白のワンピース。黒中心の臨也の普段着とは、対照的に明るい色。
「…………」
丈は膝辺りまで。半そでの薄い生地が、季節が夏に入ったことを教える。―――全身の傷を隠そうともしない、赤い血が映えそうな服だ。白はもともと、「色白のに似合うね」と、臨也が好んでいたカラーでもある。
―――最近やけに暑いと思った……
―――もう、そんな季節だったんだ……。
部屋からは度々出してもらっているが、外の風景を窺う暇はない。お陰で、日付も今が何月何日なのかはさっぱりだ。
板を張りつけられた、光が入ってくるのを許さない窓を見つめて、思いを馳せる。今はもう遠い場所にある、"日常"。手を伸ばしても当たり前に掴めはしない、失われたあの日たち。もう、懐かしいとすら感じ始めている。
「、入っていい?」
「!」
コンコン、と扉を叩くノックの音で現実に戻される。
急いでワンピースを着ると、「はい」と入室許可の返事をかえした。
ご丁寧に毎回きちんとかける鍵を開け、部屋に足を踏み入れた臨也の第一声は、
「……お、やっぱり似合ってるね」
着替えを終えたを見ての感想だった。
「すごく可愛いよ」
「あ、ありがとうございます」
率直な言葉をもらって少し困った顔をしただが、謙遜には振る舞わず、無難な返しをセレクトする。臨也はそんなを少しのあいだ眺めたあと、手にしていたトレイをテーブルの上に置いて、優しげな声で言った。
「これ、気分が良くないなら、無理して食べなくていいから」
「あ……はい」
「今の調子はどう?」
「……悪く、ないです」
「そっか、よかった」
そして柔らかく微笑むと、をテーブルの前に座らせてから、自分は自分の朝食を済ますために部屋を後にする。
臨也の退室を目で追うと、いつもより少々少なめに盛られたご飯とおかず類を見て、は溜息をつきつつ箸を取った。
―――昨日の残り物……
―――波江さんがつくり置きしていったやつだ。
「いただきます」
和食中心のメニューは、栄養をしっかりと考えて構成されていて、健康によさそうなものばかりが並んでいる。華はないが、かといって地味すぎるわけでもなく。彩りもバランスがとれている、正に理想的な日本の食事といえよう。料理慣れしてることが味でわかる。
「おいしい……」
この時ばかりは監禁されている身である現実を忘れてしまう。
本当に可笑しな話だ。
まるで、俗に言う"ごく普通"の生活を送ってるようにみえてしまうのだから。
なんとも奇妙で不気味なこの日々は、何も今に始まったことではない。